2018年5月26日土曜日

第19回「文京を歩くかい」無事に終了


5月19日(土)、「旧石神井川に沿って坂道を歩こう」をテーマに19回目の「文京を歩くかい」が開催されました。参加総数は18名(男子:14、女子:4)で快晴の中、JR駒込駅より出発、「江戸連」の”坂博士”の松本崇男氏にガイドをお願いし坂名の謂れや名所旧跡のお話を聞きながらのウォーキングでした。ところで本郷台になぜ石神井川が流れているのかに就いては下の図をご覧ください。

江戸幕府が開城するころ石神井川は王子のところから本郷台地と上野台地の間を南下し、一旦不忍池に流れ込み、そしてそこから神田付近を通過して東京湾に流れ出ていたのです。江戸時代にはこの川の王子から不忍池の間を谷田川、藍染川と呼んでいたそうで、今は暗渠になっています。
<団子坂にて>
今回はその本郷台地側の坂道を登っては降りを繰り返して巡って来たわけです。神明坂→稲荷坂→動坂→むじな坂→きつね坂→たぬき坂→大給(おぎゅう)坂→団子坂→根津裏門坂→権現坂→幽霊坂→異人坂→弥生坂→くらやみ坂→切通坂→天神女坂→芥坂→妻恋坂→清水坂→昌平坂 と沢山の坂を登っては降りてのハードなコースにもか関わらず皆さん元気に歩いておられました。
<幽霊坂(根津おばけ階段)>
また道中には富士神社、須藤公園、根津神社、湯島天神、そして神田明神と由緒ある名所を周り大変に充実した行程で皆さん喜んでおられました。3時間半の歩きでしたが皆さん疲れた様子も見せずに、そのまますんなりと好例の第2幕「打ち上げ懇親会」に突入し、いつものように大いに盛り上がり「飲み放題3時間コース」を完璧にこなしました。皆様、本当に御苦労さまでした。

2018年5月16日水曜日

技術国の日本はこれで良いのか?


5月のある日の新聞に2つの記事が並んでいた。一つは「三菱航空機 資本増強へ」、そしてもう一つが「新型アイボも”ワン”ダフル」と言うもの。この2つの記事を読んで日本人として大いに不安と不満を抱いたのです。
三菱航空機の親会社「三菱重工」が資本増資で三菱航空機を支援する話だが、このプロジェクトは【日の丸ジェット】として2003年に立ち上げ経産省が巨額の補助金/融資で支援してきたが、やっと2008年(今から10年前に)実用機の開発に入ることができたが、しかし2013年の初号機の納入が出来ず、その後度重なる設計変更で5度も納期変更し、現時点では2年後の2020年に初納入の計画だ。(これもどうなるか全く見えない)当初予定の開発費2000億円に対して今では5000億円に膨らんでいる。競合のエンブラエル(ブラジル)やボンバルディア(カナダ)よりは早く市場に出せる優位点が今では消え欠けている。これまで447機の受注も納期遅れでキャンセルが続出で、こんな会社に更に増資して日本のためになるのか大いに疑問。三菱重工は、防衛・航空・宇宙・原子力の事業体で成り立っている「国策産業」だが、子供達に夢を与える企業として生き残れるのだろうか?
次に犬型ロボット「アイボ」に就いてだが、なんとソニーが1999年から生産開始し、旧製品が2006年までで15万台売れ、予期せぬ台数が売れたので新型アイボも多くの人から購入希望があると判断し、年初に本体を213,840円、新型はAIを使って独自の成長を楽しむソフトが3年分で97,200円で売り出したところ、4月中旬で11,111台の販売実績。
人間さまがロボットの成長を楽しむような時代にしていいのだろうか? 「生きている」という実感を大事にすることが人として大切な事だと思うのだが、ソニーよ! 売れれば、そしてルールを守っていれば何を生産しても良いという判断でいいのか! もっと21世紀のメーカーとして倫理的に考慮した製品作りに注力して欲しいと思うのだが。

2018年5月2日水曜日

浅草・流鏑馬(やぶさめ)を楽しむ


4月21日(土)浅草の隅田川土手(隅田公園)にて開催された「第36回 浅草流鏑馬」を観る機会を得ました。「流鏑馬」の語源は、馬を馳せられながら矢を放つという意味から「やばせむま」と言われていたものが「やぶさめ」となった由。そもそも平安時代の「馬的射」(むまゆみいさせ)が始まりと言われ、鎌倉時代に鶴岡八幡宮にて「武家の流鏑馬」として盛んに行われるようになりましたが、鎌倉幕府の凋落とともに衰退し、江戸時代 8代将軍吉宗が世嗣ぎの疱瘡平癒祈願として「流鏑馬」の奉納を始めて約400年ぶりに流鏑馬が復活した由。その後江戸時代後期に「浅草神社」の正月の行事として行われていた由だが、その後は途絶えていたが昭和30年頃に上野不忍池畔で小笠原流流鏑馬が執行されたことより、その後台東区がそれを引き継ぎ「浅草流鏑馬」として現在に至っているとの事。
当日は夏日のように暑く、第2の的の近場の特等席で日陰になる所を選び、そこから迫力ある的射ちを眺めることが出来、あっという間の出来事ですが、その瞬間を動画で御覧ください。


2018年4月18日水曜日

腹立たしく不快な日


私がブログを連チャン(二日続けで掲載したという意味)したのは初めてである。昨日「幸せな春のひと時」なんていうブログを書いてしまった為、今日「そんな甘っちょろいことに浸っているな!」という反省の気持ちにさせてブログに走った。現在丁度日本のTOPがアメリカのお友達に会いに行っているが、”本当の仕事”をして来るのだろうか。そこでこの月曜(4/16)に東京新聞に掲載されていた一枚の写真をここに転写する。

何とあの「オスプレイ」が東京の郊外、福生市の保育園の上空を勝手に飛んでいる写真だ。我々は沖縄・普天間基地移設の問題をどんだけ長い間議論して来たのであろうか。その理由は普天間基地の側に住む住人の安全確保の為で有ったのではないのか。オスプレイはあちこちで事故を引き起こし安全性に欠けるのではと議論されている最中にだ。アメリカ政府が「オスプレイは安全」と言い切るなら、まずは”世界最強の米陸軍”で採用すべきだし、”政府専用機”としても採用すべきなのに、危険と判断しているのだろうか?採用していない。米国政府から武器を購入する際のFMS(対外有償軍事援助)という”不公平条件”で固まった方式を日本政府はいとも簡単にアクセプトし2015年5機、16年度4機をすでに発注済みで、そして全17機の購入計画がある(当時で約3600億円)。日本になぜそんなに急いで安全性に不安な軍機が必要なのであろうか。イスラエルがオスプレイ購入を断念したというので、現時点で米国以外で本格導入するのは「日本」だけと言う。
またまた過去の苦い経験、米国のいう通りに従って採用した「原子力発電」の”二の舞”のプロセスを踏むのだろうか。AチャンもT君の所に行ったらニヤニヤ話をするのではなく真剣な眼差しで、「オスプレイを大統領の専用機として採用してくれ。さも無いとこれまでの日本からのオスプレイ購入契約も一旦破棄したい」とぐらい言って欲しいところだ。
もうアングロサクソン系のグループから出てくる話には”誤魔化せられないように”十分に注意して対応をして欲しい。

2018年4月17日火曜日

幸せな春のひと時


このところ地球上の気候が非常に不安定らしく、3月末ころ異常な暑さが続きあっという間に桜を満開にさせてしまった。桜が散ってしまうと、今度は冬の到来かと思わせるような寒さが続いた。米国の方では北極寒気団が垂れ下がっているらしく、カンサスシティーの方でも零下1度で球場のベンチにはツララが出来ていて大谷投手の試合も中止となっている。寒波で野球が中止になるとは、私に取ってはこれまでで人生初めての出来事のように思うのだが。
そんな天候不安定な4月のある日、ゴルフには最適な長閑で暖かな最高のコンディションで富士山に近いゴルフ・コースでエンジョイすることができた。しかし、ゴルフのスコアは思い通りにはならなかったがーーー。

2018年4月9日月曜日

やはり音楽は ”CHILL OUT ”ね!



ほっとして休息を取っている時、どんな音楽を聴いていますか?
私はほとんどChill Out(チルアウト)の曲をiTunesやYoutubeから聴いています。Chill out とは若者が使うスラングの一つだそうで、「冷静に!」とか「頭を冷やせ!」と言った意味になるそうです。例えば、You want to chill out tonight? とは「今夜、ゆっくりお話でもしない?」また  I’m just chilling out. は「ぼーっとしているだけ」と言った意味合いだそうです。さてこの種の音楽のジャンルはどこで生まれたかと言うと、地中海にある小島「イビザ(Ibiza)島」の中のサンアントニオ町の中にある喫茶店「サンセット・カフェ」がメッカだそうです。一晩中クラブで踊って疲れた人達がリラックス・クールダウンする為にカフェで聴いている音楽で、カテゴリーは所謂「環境音楽」(Ambient Music, Enviornmental Music)に属し風や雨や雷、滝、など自然の音を音楽で表現する創作曲の部類です。私が4年ほど前に凝っていたのが Cafe Del Mar で、最も好きな曲が“Genesis”でした。
Cafe der Mar の去年版を聴いてみてください。


現在では ”Cafe Ibiza” の Dj Maretimo による Islands of Chill を聴いております。

https://www.youtube.com/watch?v=_ZNjzbvr3do&ab_channel=DJMaretimo-LoungeMusicMixes

眠くなっちゃいましたか? もしそうであれば、これこそ本当の癒しの音楽でしょうか。

2018年3月21日水曜日

日本の最先端とは?


さてさて日本の最先端はどこでしょうか? それは本州の最もの東の先端である千葉県の「館山」だそうです。NPO法人「安房文化遺産フォーラム」が発刊している小冊子上に載っていた下の地図をご覧ください。
<小冊子「館山まるごと博物館」より>

3月17日あるグループの企画【江戸と安房・房州・海上交通の文化を訪ねる】に参加して参りました。日帰りで房総半島の先端まで行けるのも「東京アクアライン」を使って東京湾を突っ切る事が出来るよになったからです。今回のバス旅行で、さすが最先端だけに歴史的そして文化的にも随分と深いことを学びました。縄文時代からこの地に人が住んでいましたが、四国の阿波・忌部氏(いんべうじ)の代表「天富命(アメノトミノミコト)」がリーダーとなり阿波から船で麻の栽培地を求めて布良(めら)の浜に上陸したという。この地を「総(ふさ)の国」と呼び、そして「安房国」を「あわのくに」と名付けたという。
ここからは海の真正面に「富士山」が眺められ「信仰の聖地」でもあったという。今回確かに「布良崎神社」から海を望むと鳥居の上遥か彼方にくっきりと富士山が見えました。15世紀から170年間この地は戦国大名「里見」氏が治めていたという。19世紀になって曲亭馬琴が里見氏をモデルに「南総里見八犬伝」を書いています。明治時代には布良は「マグロ延縄漁業」が盛んに行われ、この技法が現在では青森県・大間のマグロ捕りに生かされているそうです。そして20世紀になると、この辺一帯は穏やかな気候を利用して「転地療養地」としても有名となり、画家「青木繁」をはじめとして多くの画家たちが館山を訪れ沢山の作品を残しているという。さすが日本の最先端の地と言えましょう。

2018年2月25日日曜日

十二単と日本”色”文化


きもの学校で「十二単(じゅうにひとえ)の着付け授業」を見させて頂く機会に恵まれた。私の興味は「そんなに重ね着して動けるのか? 一体どの位の重さなのか?」という所にあった。実際の着付け作業を見学して、確かに大変な作業で最低でも二人の着付け係が必要なのだと知ると共に、相撲力士の世界を連想してしまった。
正面と後側に張り付き、二本の紐を操って1枚1枚と重ね着してゆく。1枚目を紐で結わき、2枚目を重ね着してからもう一本の紐で結わき、その後で1枚目を結わいた紐を抜き取る。そしてその紐を3枚目を結わくのに使う。これを前後に付いた二人で繰り返して行くのだ。
この様な装束が流行ったのは貴族文化の平安時代からと言うが、この装束によって社会的地位を平民の前に誇示していたらしい。天皇、皇后、皇太子そして官人の地位によってそれぞれ使える色が決められていたと言う。例えば天皇は「黄櫨(こうろ)色」で21世紀の現在でもこの色は天皇だけが着用しているという。平安時代の色彩には「染色」「織色」「重色」があり600種程の色彩が有ったという。8~9世紀ころに例え貴族社会に限った事とは言え、そんなに多種の色を楽しんでいたかと思うと、日本の文化の繊細さを誇らしく感じてしまう。そう言えば、カメラのカラー・フィルムを使っていた時代、米国コダック社のあのどぎついカラーと富士フィルムの自然色に近いカラーの違いを思い出していた。
ところで「十二単」も平安時代にはなんと16枚から20枚も着重ねして、四季の移ろいを衣服に表現し自分のセンスの良さを競っていたという。それにしても身分を誇示する為の努力は凄いものだ。当時の絹生地も重かったらしく全体で15~20KGはあったらしい。この時代の男子の服装スタイルを「束帯(そくたい)」というらしいが、何か聖徳太子を思い浮かべてしまう。(十二単および束帯の写真はインターネット上のものを使わせて頂きました。)

2018年2月21日水曜日

民謡ライブと広島料理


例年神田小川町「歓粋亭」で企画されている「木津かおりさん」の“民謡ライブ”に今年も行ってきました。今回は特別ゲストが横笛の「ミカド香奈子さん」で美女二人の共演による格調高い民謡を目の前で楽しむ事が出来ました。
私がこの歓粋亭ライブが気に入っているのは、このお店が広島の「中国醸造」が自前の銘酒「弥山(みせん)」を東京で飲んで貰うための直営店なので、たっぷりと弥山を飲みながら広島料理(みずな、子持ちこんにゃく、アナゴ、牡蠣 などなどの食材を生かした料理)に舌鼓を打つことが出来るからなのです。そしてもう一つお気に入りは後楽園ドーム球場の側に住む私は実は「隠れ広島カープファン」なので、この店の壁々にはカープグッズで埋められており、何とも気分爽快にしてくれるのです。

2018年2月8日木曜日

文京シビックセンターにて油絵展示

1月12日から文京シビックセンター4階の廊下展示において小生の油絵2点が展示されています。4階にはシルバーホールがあり、しょっちゅう高齢者対象の催し(輪投げ大会やスポーツ講習など)が開かれているので、立ち寄って作品を観てくれる方々が意外に多くて嬉しいです。この展示は5月連休明けまで開催されているので、もし文京シビックセンターを訪ねた際には4階まで足を運んで頂ければ幸甚です。油絵作品は写真左端「ちごユリ」と真ん中の「安曇野」の2点です。

2018年1月25日木曜日

金栗四三と文京区

この題名を見て「これ一体何を言いたいのか?」と思われた事でしょう。少なくとも「金栗四三(かなぐり しぞう)」(1891~1983年 92歳没)を知っている方は相当ご高齢かマラソン好きな方と思われます。しかしインターネットで同氏を検索してみると、それはそれは大変な人物で有る事を知ったのです。その人物の凄さの一部を書き出すだけで次のようになります。
・マラソン界で1911(明治44)年、2時間32分45秒の世界記録保持者 
・1912(明治45)年、日本で初めてオリンピックに参加した選手二人の内の一人
・箱根駅伝の創始者
・マラソン用足袋「金栗足袋」の発案
・来年(2019年)のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公
そしてこれらの出来事一つひとつがそれぞれ強烈な物語を持っていて、とにかく波乱万丈の生涯を過ごされた偉大なる人物なのです。明治44年のストックホルム・オリンピックでのマラソンに出場した時、競技の途中で突然に姿が消え(実は熱中症でコースの脇の森の中で気を失ったのだが)「消えた日本人」として話題となり、それから55年後の1967(昭和42)年にストックホルムで「オリンピック55周年記念式典」が開かれ、招待された金栗氏が式典会場のトラックを走ってゴールデンテープを切ったそうです。この時会場のスピーカーから次のようなアナウンスがあったそうです。
「日本の金栗、ただ今ゴールイン。タイムは54年8か月6日5時間32分20秒3、これを持って第5回ストックホルム・オリンピック大会の全日程を終了とします」
なんという大人的な仕掛けと仕上げでしょうか。そして彼は今後絶対に破られない最も遅いマラソン記録の保持者でもあるのです。

さて次に「金栗足袋」とは一体何ぞや?の話から表題の「文京区」との結びつきをお話ししましょう。彼がマラソンを始めたころは日本にはランニング・シューズが無いので足袋で走ったのですが、アスファルトの上を走るといつの間にか穴が開き裸足で走る事になります。ところが金栗氏は文京区大塚仲町に在った「播磨屋足袋店」の足袋職人・黒坂辛作に特別にマラソン用の足袋を作ってくれるよう依頼します。それでは何故文京区の足袋屋だったのか、これまた偶然が重なるのです。彼は熊本の生まれですが、小学校の通学で往復12kmの通のりを毎日走って通ったそうですが、学力優秀で1910(明治43)年に難関の「東京高等師範学校」に合格、通学を始めます。東京高等師範学校は後の「東京教育大学」今の「筑波大学」で文京区の茗荷谷に有り、播磨屋足袋店は直ぐ側だったのです。彼が入学した時の校長は何と柔道の創始者「嘉納治五郎」だったのです。嘉納治五郎も熊本出身ですが、「教育には知育・徳育・体育の3つが必要」という教育理念の持ち主でスポーツ全般を奨励し年に2回のマラソン大会を開催していたのです。入学1年生で早速3位に入賞して嘉納氏より「抜群の健闘」と褒められ、その後、彼はマラソン人生に突っ走るのです。
そんな彼の波乱万丈な92年の生涯をNHKが2019年の大河ドラマに取り上げたのです。その大きな理由には2020年にこの東京で「オリンピック」を迎えるからでしょうか。文京区に住む私としては、人一倍この大河ドラマ「いだてん」が待ち遠しいのです。
(上の写真はインターネント上のものから利用させてもらいました)

2018年1月22日月曜日

パワースポット?『玉川大師』


今年の町会の初詣は二子玉川にある『玉川大師』だった。ここは奥の院・地下霊場があり、真っ暗闇の中に「四国八十八ヶ所」そして「西国三十三番霊場」の大師や観音様が鎮座しているという、更にはご本尊が「弘法大師」さまと言うのだから、なんとも贅沢なお寺(玉眞院)であろうか。
<ボケ除け観音>
この地に玉川高島屋デパートが建ったのが今から半世紀前の1965年で、今やこの高島屋が周りに建つ高層ビルに挟まれて小さく見える。人で溢れかえっているニコタマ商店街を抜けて10分ほどで「玉川大師」に到着。さっそくご利益を頂こうと地下霊場に足を踏み入れる。真っ暗闇の中、一歩一歩と歩を進めるが、真っ暗な静寂は私の心身ともに清浄にしてもらった様な気持ちにさせる。うむ!本当にパワースポットなのだろうか。本堂の外の右側奥には、ボケ防止の観音様が居られたのでお賽銭を入れて真剣に手を合わせた。住宅街の狭い一角にも係わらず本当に何もかもが揃ったお寺に驚かされた。<合掌>

2018年1月11日木曜日

2018年の年初にあたり

1月9日、専門学校の賀詞交換会の時に次のような内容でお話しをしましたのでここに掲載致します。

『新年あけましておめでとうございます。
今年の正月は快晴続きで皆さんも初詣など、のんびりとしたお正月を過ごされたのではと思います。私も今年はのんびりとした寝正月となりましたが、暇であればあったで、何かと考えてしまうのですが、この時考えたテーマが 「ここ数年、何か気持ちがスッキリしないままに新年を迎えている気がするのだが、なぜだろうか?」と、その原因を探り始めました。
昨今、私がすっきり出来ないその理由は、やはり予期もせぬ様な物騒な出来事が平気で起きているという現実に直面しているからでしょうか。 たとえば;○アメリカのトランプ大統領の発言による世界混乱、○シリア難民問題や ○イギリスのEU脱退問題、○パレスチナ問題の再燃、○北朝鮮問題
日本に於いては
○未だ解決出来ない沖縄問題、○3・11東北大震災と原発再稼働の問題、○改憲問題と防衛費の増額 ○大企業におけるコンプライアンス欠落による事件多発などなど、憂鬱な問題、“大人として恥ずかしい様な問題”が世界中で いとも簡単に発生しているから気分が晴れないのでしょうか?
それぞれの問題の背景を探ってみますと、これはどうやら「マネー資本主義が辿り着いた壁」ではないかという結論に至ったのです。
今年は平成30年になりますが、この1月から12月までが平成であるのは今年が最後の年となる訳ですが、この平成の30年の間にすごい勢いで社会、経済そして政治が変化して来たように思うのです。その「変化」とはインターネットの世界が生まれ、個人情報発信のSNSが普及し、そしてIoTAI技術など、最新技術への偏重が激しく、その結果「人間」や「自然」が外に追いやられている様に感じるのです。
つまり「人間中心主義」と言いますか、人間が「便利」にそして「楽」になるものであれば何でもOKといいう考えが大手を振るっているのです。
そもそも資本主義とは資本投資をしてゆく「フロンティア(新領域)」が必要なのですが、米国一強時代になって「金融」にて利潤を生み出す「金融フロンティア」の開拓時代となり、いわゆる【マネー資本主義】が巨大なる格差社会を作り上げてしまっているのが現在です。 この様な現象が私を何と無くスッキリさせない最大の原因ではと考えています。
つまり米国を中心とした「アングロサクソン型資本主義」は「過剰な技術信仰」や「自然は人間が管理するもの」といった思想であり、これがどうしても日本人にはピッタリと来ないのではと私は勝手に考えた訳です。いま暴走を続けている「文明」もいずれ縄文の血を引いている日本人が「文明の転換」を導き、地球を救ってゆくのだと考えています。なぜ「縄文」かと申しますと、Y染色体ルーツを探ってゆくと、日本人はY染色体のDタイプであり、Rタイプのアングロサクソン系よりはズーット「人類の根源」に近く、「風土への順応性」が高く、且つ「自然と共生」してゆく種族として将来は世界から注目され、日本人的な社会がいずれ世界を包んでゆくと私は考えている訳です。

ちょっと「自己満足的なお話」となってしまいましたが、私はこれからの社会は“それぞれ一人一人が「人間とは何か?」を考え、それぞれで自分の考えを仲間に発信してゆく時代”だと考えておりますので、今日はこのように私の考えを皆さんに発信させて頂きました。つまり皆さんがそれぞれ『人間とは?』を考え、その考えを仲間に発信することで、世界が「人様のために」をモットーに一つの方向に収斂して行き、人間らしく平和で安全な社会になる、すなわち【利他主義】の社会にしてゆく近道だと信じているからです。


以上で私からのお話を終わります。ご静聴ありがとうございました。』

2018年1月4日木曜日

新年明けましておめでとうございます

2018年、戌年を迎えました。正月の三ヶ日は好天に恵まれのんびりと過ごす事ができました。本年も宜しくお願い致します。