2013年9月23日月曜日

やっぱり【祭り】は楽しい!!

この9月2122日の週末、我町会(本郷田町)のお祭りだった。何時もは顔を合わせないが、この日だけ会える沢山の人が集まってくる。そして普段はなかなか経験できない事だが、子供達を集めて一緒にゲームを楽しみそしてお土産を配るときのあの楽しさ。大人も「エイッサ~~、エイッサ~~」と掛け声高く神輿を担ぐ。この開放的な【叫び】は健康に好いだろうし、気分をすっきりさせて翌日からの新しい活力を生むとすれば精神的にも大いに効果が有るのだ。私も肩が痛くならない程度に神輿を担がせて頂いた。
<壱岐坂太鼓 子供達による演技>


<神輿の鉢合せ 間に挟まれた車はどうする?>
年々だが、子供達が多くなり、女性の参加が増え、そして外国人の参列が増えているように思う。本当に嬉しい限りである。今年は隣の「白山神社」と我「桜木神社」のお祭り日が重なってしまい、神輿の担ぎ手も各地に分散してしまって迫力に欠けるのではと心配していたが、良くしたもので皆さん掛け持ちしてくれて、それはそれは盛り上がったお祭りだったのです。むしろ我神輿と白山神社側の神輿が初音町の交差点で鉢合わせし、交通整理のお巡りさんが目の色変えて笛を吹いて車を誘導している姿は興奮を誘いました。そもそもは2神社の開催日は違うので、今後こんな出来事は二度とないのかも知れないので我ら地元民にとっては貴重な体験だったのです。
<白山通り・初音町交差点のど真ん中で鉢合せ>

2013年9月6日金曜日

【文京ふるさと歴史館】にてガイド役

<文京ふるさと歴史館の入口>
私は今年に入って【文京ふるさと歴史館】の『常設展示解説ボランティアガイド』になりました。文京区の歴史を再確認しながら、歴史館を訪ねて来られた方々に内容を楽しく伝えて行くことが出来たらと思っています。文京区といえば「台地」と「坂」と「水」の織り成す歴史の世界なのです。文京区付近は旧石器時代にはリアス式海岸のように台地が突き出し、台地間には深く谷が食い込んでいたようです。従って海岸に近い部分では多くの貝塚や遺跡が見つかっています。
<弥生土器>
文京区の“弥生町”から「縄文土器」とは違う土器が発掘されたことから「弥生土器」と命名され、その時代を「弥生時代」(紀元前5~4世紀から紀元3世紀)と呼んでいます。
私は来場者への解説で特に力を入れて紹介しているのが次のようなポイントです。(1)「縄文土器」と「弥生土器」とはどこが違うのか? (2)千駄木貝塚から縄文時代の人骨が発見されたが、なぜ数千年を経てもそのまま残っていたのか? (3)「弥生土器」の発見された場所は今も謎です。しかし本命の場所は? (4)酒問屋「高崎屋」のお屋敷図は当歴史館の重要収蔵品なのですが、さてこの絵はどっち向き(方角)の絵か? 
<高崎屋のお屋敷図 さてどの方角か?>
(5)樋口一葉と五千円札について などなど沢山興味のあるお話を用意しています。

今度は11月23日(勤労感謝の日)11:00~14:00、文京ふるさと歴史館にて解説ボランティアガイド役でお待ちしておりますので、文京区の歴史にご興味のある方は是非お越し下さい。私のアテンド日時がまだ随分と先の話しですので、その日時が変更になる場合がありますので、お越しの方は事前にメールにてお知らせ下されば有り難いです。