2012年9月28日金曜日

千葉大のゼミで『コンプライアンスについて』講義予定
















今年の7月、「千葉から日本を元気にする1000人の社長創出プロジェクト」を命題として『比護ゼミ』が誕生しました。このゼミはIPOを志向される“高度専門技術人材”でベンチャー企業を設立した方、あるいは起業予定の方々を対象に毎月1回様々な分野の専門家を講師に招き千葉大学産学連携・知的財産機構の会議室でセミナー&ディスカションなどを行ってゆく企画だそうです。『比護ゼミ』に関してはブログ【ウエルネス・メッセイジ】をご覧下さい。
http://wellness-news.jugem.jp/
すでに7月26日「自分のイノベーションからはじめよう」(講師:比護隆一氏)、9月27日「社会に変革をもたらすイノベーティブな起業とは」(講師:鈴木大介氏)が行われ、11月22日の第4回目では、私が「コンプライアンスについて」というテーマで講義が予定されています。
その内容骨子は次のようなものです。
1)コンプアライアンスとは?
2)なぜコンプライアンスなのか?
3)なぜ企業不祥事は多発するのか?
4)CSRと「内部統制システムの構築」
5)21世紀は「権限分散型社会」重視に移行
6)NPO的企業におけるコンプライアンス

私も昭和45年千葉大学を卒業しているのですが、これも何かの縁なのでしょうか。

2012年9月15日土曜日

次の選挙は「原発ゼロ」の候補から選ぼう!


まったく開いた口が塞がらない。9月14日、自民総裁選の5候補の演説を聞いたが、やはり期待はずれであった。まあ、この5人は普通人間(ありふれた人)で現在のような日本の局面を打開出来る様なスケールのでかい人物ではなかった。特に5人揃って原発ゼロには反対とは、お目出度い人たちと言えよう。
さらに輪をかけてお目出度い人がいる。何とか国民の意を受けて野田首相が180度考えを転換して、「2030年には原発ゼロに持って行こう」と方針を述べると、慌てて首相に「了承しかねる」と電話したという米倉経団連会長がそれだ。
しかし政府がやっと出してきた「原子力政策」にしても、原発ゼロ方針のもう一方で、敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」炉を研究が終るまで使用しその後廃炉とすると曖昧なことを言っている。
政財界の連中は「原発」というテクノロジーが如何に未熟で生命にどれだけ危険であるかを弁えず、ただただ人間の欲望を最優先にして「原発ゼロ反対」の発言を繰り返している。「原発ゼロ反対」の意見を主張している人の顔を見ると、やっぱり欲で突っ張った顔をされている。
地球は薄い大気層で覆われているからこそ、宇宙から飛び込んでくる放射線を遮断し、生物が生きられる青く澄んだ美しい星なのだ。なぜそんな美しい地球上で人間だけがシコシコと核分裂を利用した「原発」を続けることが許されるのか。地震の少ない国が開発した「原発テクノロジー」を地震多発国の日本がそのまま取り入れたのだから、バチが当たるのは当然である。
「原発」の本質を知るために【図解・原発のウソ】(左上写真参照)をインターネット古本で購入し一読されんことをお薦めしたい。そして近く来るかも知れない「総選挙」では「原発ゼロ」を主張する候補を選ぶようにしようではないか。その人が政治にどんなに素人でも「倫理」を踏まえた人物であれば、現在のような「政治屋」よりは益しであろう。
私も講演の機会が有る毎に「原発ゼロが正論」という付録テーマを設けて話させて頂いている。その内容は; 人間が開発した技術に100%安全なものは存在しない。従いいつかは事故を起こす。その前提で「原発」は次の3点から【倫理に反している】ので,「原発ゼロ」の判断が正しい。
(1)   事故を起こせば他のすべてのエネルギーより一番コストが高い。
(2)   事故を起こせば1国に留まらず他国に被害を及ぼす。
(3)   事故を起こせば1世代で済まされず子供、孫の代まで害を及ぼす。
もう日本は事故を起こしたのである。

2012年8月24日金曜日

メンター研修会でのスピーチ

<PP1>
ITECメンター・クラブでは毎年1回【メンター研修会】を催していますが、今年の研修会は8月29日(水)に王子駅前の「北とぴあ」会議室にて開催されます。私はそこで【メンター活躍の時代へ】というテーマでスピーチすることになっております。
「どうしてメンターが活躍する時代がくるのか」に就いて、ここでその要点だけを当日使用するパワーポイント資料(以下PPと略す)の一部分を使って解説致しましょう。<PP1>の『【親分子分型】と【寄り合い型】の比較』については、私がスピーチの際によく使っている画面なのですが、つまり21世紀は「中央集権型社会」中心から「権限分散型社会」重視に変って行くということです。分かり易い具体的例として、米国の書物ですが【ヒトデはクモよりなぜ強い】の中で述べられている比較表を掲載してあります。簡単に言えば「クモ」の頭脳は体の中心にあり、もしそこが死ねばすべて死ぬという中央集権型で、「ヒトデ」は体の一部を切り取っても、またそこからヒトデが再生してくるという能力分散型なのです。
<PP2>
つぎの<PP2>もよく講演で使うのですが、左図が「東電」の姿で右図が近い将来の各家庭が電力マネジメントしている理想的姿の【スマート・グリッド】です。また昨今の例として次の<PP3>は「コンビニ・ローソン」の奮闘の姿を説明しています。新浪剛史氏はローソンの親会社がダイエーから三菱商事に替わる中、三菱商事からローソン建て直し指令を受け片道キップでローソンに移籍、10年の歳月を掛けてダイバーシティー(多様性)戦略を導入し、「負けない組織」を作り上げたのです。それがPP3の右の図です。一方、最大手のセブンイレブンは中央からの指示に基づき全支店・加盟店はその通りに商品を並べ、一挙に大量・安価販売に全力集中したので、従って全国どの店も同じカラーに染まり、それがPP3の左図です。

<PP3>
しかしローソンは地域密着型を指向し経営に関する権限と責任を地域に移譲し(分権)、過去の「指示待ち体質」から「考える現場」へと変え強い体質を完成したのです。これも従前の「親分子分」の関係を絶ち地域密着の「寄り合い精神」を重視したと言えましょう。そんな時代の変化は、今後【メンター制度】が如何に大事になって来るかを予見させます。
<PP4>
<PP4>をご覧下さい。中央集権体制をとる大型企業は自社内に関係会社・子会社・孫会社の管理・統制・コンサル的部門を持っていますが(PP4の左図)、一方「寄り合い型社会」を構成する中小の企業、ベンチャー企業やNPOでは独自でそれぞれがコンサルタントなどを雇う資力はありません。そこで力を発揮するのが「メンター連中」ということになります。その雰囲気を表した図がPP4の右図です。
8月29日は、こんな内容を中心にメンターの皆様にお話することになっております。


2012年8月19日日曜日

早稲田大学・異業種勉強会にて【日本復活私論】講演決定!


私の論文とでも言いましょうか、【日本復活私論】を6月23日、三軒茶屋の『世田谷ボランティア・センター』にてスピーチさせて頂いたところ、傾聴頂いた皆様から「もっとお話しを聞きたい」と感想を頂き、大いに感激しておりましたところ、このたび早稲田大学キャンバス内にて開催されている異業種勉強会でもお話しの要請を受け、下記の内容で実現の運びとなりました。

日時: 2012年9月11日(火)18:00~19:30
場所: 早稲田大学国際会議場 4階 共同研究第7号室

昨今、世界の国々からも日本をバカにされたような出来事ばかりが起きており、そして茹だるような暑さに襲われる毎日、うんざりする話ばかりですが、そこで私が、「日本人よ! 我らはチット違った民族なのだから、欧米諸国の真似事はもう止めて、我らの本質『森の民』に戻って、世の中を変えて行こうではないか!」という内容のお話しをするのであります。是非ご期待ください。

2012年7月26日木曜日

油絵 『チンチン電車』


この絵は今から11年前に描いたもので、私の油絵作品の13作品目にあたりますが、現在は「文京区役所」の4階廊下に展示されています。先日、久々に区役所に立ち寄った際に4階に上がって自分の絵を観て来ました。廊下は照明が無く、薄くらい中に展示されていましたが、これが私を何とも言えない郷愁に誘ったのです。

この絵は「小野誠一郎・彩画集<ザ・ふるさと東京>」の画集の中で一番コミカルに描かれていた絵の模写なのです。“何ともいえない郷愁”に引きずり込まされたのは、私の「ふるさと」も東京なので、ついついこの彩画集を思い出していたのでしょうか。

この画集の最終ページに「四本のエントツ」という作品が載っていますが、これも私には懐かしい想い出があります。東京電力千住火力発電所を尾竹橋から見た絵だそうですが、私が子供の頃、観光バスに乗って遠足に行く時、バスガイドが「今、エントツは何本見えますか?」と質問してくると、「4本!」と答えます。しかし見る角度が違って来ると、バスガイトが、「え! 4本ですか?違うでしょう。何本に見えますか?」ともう一度言ってくるので、見直してみると何と3本になっているではありませんか。この4本のエントツが3本に、そして次に2本に最後は1本になってしまう不思議なエントツとして子供の頃の思い出として焼きついています。
そして、この「四本のエントツ」の絵の下にある詩が私には“たまらない”のです。

2012年7月16日月曜日

林秀彦著『日本を捨てて、日本を知った』に巡り会えて


6月の今にも雨が降りそうな蒸し暑い日だった。読む古本が無くなりそうなので、神保町に買出しに出た。そして3冊で500円の古本屋で購入した内の1冊がこの本である。筆者は売れっ子シナリオ・ライターで、テレビの脚本家として「ただ今11人」「7人の刑事」や「鳴子の海」などで活躍されたが、日本に絶望し、1988年にオーストラリアの山中に逃げ込んで10年目、外から観た日本に就いて書いたエッセイという。第1章「日本人はアングロ・サクソンを知らない」から強烈な日本人批判が始まるのだが、第2章「日本人は愛国心を知らない」の途中あたりから雲行きが変るのである。
彼が強烈な表現で日本人感を述べている前半の部分を纏めると;
『アングロ・サクソンとは、強盗団である。血も涙も無い、好戦的な野蛮人である。押しなべて「白人を見たら泥棒と思え」の認識は正しいのだが、中でもとりわけアングロ・サクソンを見たら人殺しと思ってよい。(略)それは彼らの生存する自然環境が、日本人が想像を絶するほどに苛酷だったからである。(略)南海の孤島の住民ならいざ知らず、ある程度の文化文明を創造しえた民族で、「窮地」を知らずに歴史を歩んだ民族は、日本人以外にない。そんな民族が「ポーカー民族(アメリカ人)」に勝てるわけも無く、世界戦略としての外交的剽悍(ひょうかん)と狡猾(こうかつ)に勝てるわけもない。畢竟(ひっきょう)、経済にも勝てないのである。』
しかし、筆者は映画監督・小津安二郎の映画作品『東京物語』を何度も観るうちに、役者のセリフから【一を聞いて十を知る】、日本語会話の深さに気づかされ、日本人は他の民族と比べ、たぶん二万年くらいよけいに進化した人類で、ガイジンたちはそのことに全く気づいていない、と日本人を褒めちぎっている。
そして文中『本当は、人間はみなかくあらねばならない。世界中の全民族が、日本人を見習わなくてはならない。しかし現実は、まだ違う。ガイジンらは常に血塗られた剣と、ポケットいっぱいのミサイルを誇示している。あと百年ほど先に、日本文明が世界の主流になる日まで、われわれはアチラ様の価値観に合わせなければならないのである』(108ページ)と書かれているのを読んで、小生の書いたエッセイ【日本復活私論】とダブってしまい、もし林氏がハプログループの研究結果「日本民族は特異なD系統」を知っていたらどんな書き方になっていたかと興味津々になって来る。
早速この驚きをオーストラリアの林氏に伝えようとメールを打電したが、住所不明でメールは届かない。インターネット検索で調べると、彼は2005年に帰国され2010年11月福岡県久留米市にて満76歳でお亡くなりになっておりました。 合掌

2012年6月25日月曜日

芋ほりと野菜採り



日本の食自給率が40%という低率である。我々日本人は、日本の外で作られたものを食べさせて頂いていると言うことは、「食の安全」という観点から見れば「非常に危険な状態」と言えまいか。
先日親戚T氏から「今度の週末、芋ほりに来ませんか」と誘われた。早速「はい! 参ります!よろしくお願いします」と即断即決で参加を表明した。この日曜日、津久井湖の近くに在る畑をワイフと一緒に訪れた。軍手をはいて盛り上がった土と戯れ、ジャガイモを穿り出す。生き物と直接触れ合う興奮。ず~っとしゃがみ込む姿勢はすぐに腰当たりに違和感を感ずるのだが、それはコンクリート・ジャングルに派生する【都会性時代病症候群】の現われだと思うと恥ずかしくなって来る。
T氏ご夫妻は沢山の成果物を採り、自宅に帰ってから近所の人々に分けてあげるという。これからどんな危機が襲って来ようとも、この食自給率の高いT氏家族は安全なのであろう。都会に住む私はこのT氏がとても大事な人であると再確認した一日であった。
ちなみにこの日家に持ち帰った成果物は、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、大根、ふき、キャベツ、白菜、カブ、ソラマメ、エンドウ豆、バジル、キュウリ、春菊、しその葉、サンセス、レタスの16種に及んだのである。ただ今我家の板の間では、ビニールが敷かれ其の上に新聞紙を広げ、表面の湿気を取ってやる為にジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、カブたちが、一面に広がっている。