2015年6月1日月曜日

東国万葉の道「手児奈伝説」を訪ねて

<手児奈霊神堂>
6月1日、毎月1日の早朝に近所の寺で行われる「大護摩」に参加したが、余りの天気の良さに、もし今日を逃すと梅雨に入ってしまい、気になっていた「願い」が先に伸びてしまうのではと不安になった。「やるなら今でしょ!」という事で、市川真間の絶世の美女「手児奈姫(てこなひめ)」が眠る「手児奈霊神堂」に行こうと即断した。多分、私は彼女の魅力に無性に引き付けられたのかも知れない。
昔々の神話の時代に「手児奈」という美しい娘がこの地に居て、その噂が全国に知れ渡り里の若者のみならず国府の役人や都からの旅人が結婚を迫ったという。
しかし手児奈は「わたしの心はいくらでも分け与えられるが、体は一つ。もしわたしがどなたかのお嫁さんになると、他の人たちに不幸を与えてしまうでしょう」と悩みながら、遂に真間の入り江に夕日が沈むのと一緒にひとり海に入って行ってしまったのです。「万葉集」の中でも、山部赤人や高橋虫麻呂の歌人たちも、はるばる都からこの地を訪ね歌を詠んでいる。
<下総国分寺>
奈良時代に聖武天皇は全国に「国分寺」「国分尼寺」を建てますが、市川真間の地は下総の中心地としてその両寺が置かれ、【行基菩薩】がこの地に来た時に「手児奈姫」の話を聞き、痛くその心情を哀れに思い「求法寺」を建て手厚く弔われたといいます。平安時代には【弘法大師(空海)】もこの地に来て求法寺を「弘法寺(ぐほうじ)」と改称されました。なにせ古代から中世、そして近代へと次から次へと男性が彼女を訪ねて来ていたのです。
さて、今朝はいつもより早めに朝食をとり、JR総武線で「市川」駅到着(8:15)、「真間銀座」を歩き抜け京成電鉄「真間」駅に出て、そこから5分ほど歩いて「文学の道」に出ます。
<真間川>
青い葉で覆われた桜並木は大変に気持ちが良かったです。そこはこの市川真間にゆかりの有る文学者達を紹介したパネルが配置された回廊となっているのです。パネルでは、水原秋櫻子、阪井久良伎、幸田露伴、永井荷風、水木洋子、北原白秋、中野孝次、山本夏彦、井上ひさし達が紹介されていました。しばらく歩くと間もなく「真間川」に突き当たり、そこから「手児奈霊神堂」までは10分程で到着。すぐ道を隔てた向かいが「亀井院」となっていて、このお庭に「真間の井」があり手児奈がこの井戸で水汲みをしたそうです。
<亀井院の「真間の井」>
この後「下総国分寺」「国分尼寺跡地」そして「じゅん菜公園」に出て(12:00)公園の木陰のベンチで池を眺めながら、のんびりと昼食をとり、その後は「小塚山公園」—「堀之内古墳公園」—「堀之内緑地」を通過して北総鉄道「北国分」駅に到着(12:50)。北総線は地下鉄浅草線に直結していて、蔵前駅で大江戸線に乗り換え我が家には午後2時には着いておりました。(20300歩)
今日は古代の美女に近づくことが出来て、歴史の深いところに触れたような気がして、好天の元での楽しい“ひとり歩き”が出来ました。今夜はキット“手児奈姫の夢”が見られるかもーー。
<じゅん菜池>

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