2011年6月27日月曜日

梅雨空に花開く「アガパンサス」

我家の前に毎年梅雨の時期に薄紫の花を咲かせる「アガパンサス」があります。6月に入ると、突然ニュ~ット茎が伸びてきて、その茎の先端には蕾を付けています。その茎の成長スピードがとても速く、一夜にして5cmは伸びているのでは?毎朝新聞を取りに玄関先に来て、このアガパンサスを見るのを楽しみにしています。ある朝に真っ先に1本の茎がニュ~ット出ると、それからは毎日のように1本、2本と新しい茎が現れて来て嬉しくなります。茎の丈が50cm程に伸びると、それから茎の先端の蕾が次第に大きくなり、遂に表面の皮が裂けて中から薄紫の細身の花が四方に向って顔を現すのです。そして20本程のアガパンサスが一斉に咲き誇るのが6月末。梅雨のどんよりとした曇り空でも満開のアガパンサスは周りを賑やかにしてくれます。この時が来るといつも「お盆が近づいた」と感じるのです。

このアガパンサスは母が生前に世話していたのですが、その当時はその花の存在すら知りませんでした。母が他界して暫くして母が世話していた植木類やフラワーポットが雑草に覆われ惨めな姿に変ってしまいました。よし私が整理整頓しようと植木鉢の中をほじくり、出てきた同じような球根や根茎をそれぞれに纏めて新しいフラワーポットに植えました。その結果、毎年四季折々の花を楽しんでおります。

ところでアガパンサスは不思議な花です。原産地は「南アフリカ」だそうで園芸品目としては300種以上も有るそうです。ある程度の過酷な生育環境でも育つようで、都心の道路脇でも時々見かけることがあります。しかしこの花の呼び名は複数あり、「アガパンツス」、「アバカンサス」、そして和名は「ムラサキクンシラン」(紫君子蘭)。英名で「Agapanthus」と書くのでアガパンサスが正しいようですが、何故アバカンサスとなったかは不思議です。しかしインターネットで【アバカンサス】を検索してもアガパンサスと同じ花が出てきます。ムラサキクンシランは紫色の花で姿が君子蘭に似ているから付いた名前だそうで、アガパンサスは「ユリ科」、君子蘭は「ヒガンバナ科」で全く異種だそうです。

アガパンサスの花が終る頃、次にあの暑い暑い夏の日が来て、それから「お盆」を迎えます。

2011年6月7日火曜日

東大 想い出みち

緑のトンネルは想い出の道
少年は正門の門番が怖くて遠回り
レンガ塀をよじ登って収穫物を運んだ

この想い出の道は四季めぐり
春、新緑の三四郎池でザリガニ獲り
夏、鬱蒼と茂った木々の中で虫を追う
秋、真黄色のイチョウの下で臭い実を集めた
冬、この想い出みちにおもいでが無い

今はこの道に子供がいないのは何故だろう
今でもここは四季めぐりを守ってくれているのに
ヤゴ、小エビ、ゲンゴロウ、クチボソが居ないのか
おにやんま、クワガタ、カミキリ、タマムシが居ないのか

あの時イチョウの木々は僕たちの行動を見守っていた
私はこの真っ直ぐに伸びた道で沢山の事が想い出せる
私は今でもこの道が好きだ

2011年5月24日火曜日

『こころの時代の到来』を語る!

2011年5月16日(月)、早稲田大学『セールス・フォース・マネージメント研究会』にて『こころの時代の到来か!』というテーマでスピーチする機会を頂きました。
7年ほど前からスピーチの機会を頂くと、テーマの副題として【21世紀はこころの時代】に関して話しをさせて頂いて来ておりました。この話の骨子は「欧米文化は遂に行き詰まってしまった。日本は明治以降、欧米に追いつこう、追い越そうと躍起となり、「便利」や「楽」を追い求めてきてしまい、欧米同様に行き詰まってしまった。そもそも日本人は『森の民』であり、日本の文化は『八百万の神信仰』の下で自然との共存を大事にしてきた。つまり21世紀ではもう欧米文化の模倣は止めにして、本来の日本人気質を主流とした“こころ”の時代を取り戻して行こう」という主張です。
今回のスピーチでは、「一体こころとは何か?」という疑問からお話を進め、「脳」と「こころ」とを対比して話を致しました。そしてインターネット時代に突入した昨今、私達を包んでいる環境がガラリと変わっているのであり、つまり「物理空間」重視の時代から「情報空間」重視への変革の真っ最中にあり、これまでの【親分子分型社会】(中央集権型)からインターネット世界の中で【寄り合い型社会】(権限分散型)に変っているという私の考えを述べさせて頂きました。
この辺のスピーチ内容の詳細については別途纏めまして近い内に私のホームページ上の<スピーチ>欄にて報告したいと思っております。

尚、今回のスピーチの情景は【セールス・フォース・マネージメント研究会】のブログ上でも紹介されておりますのでご覧ください。

http://angel.ap.teacup.com/wasedasfm/19.html

2011年5月4日水曜日

芝桜と琴平巡礼道

5月3日、GWの真っ只中友人と秩父の「琴平丘陵」に里山ハイキングに行ってまいりました。天気予報では晴となっておりましたが中国大陸からの「黄砂」の影響でどんよりとした曇り空でした。行程は秩父市観光課が推薦する【琴平コース】で、秩父駅から「羊山公園」の「芝桜」を鑑賞し、それから琴平丘陵に出て秩父札所めぐりの巡礼道を26番円融寺・奥の院「岩井堂」を目指します。薄赤色の山つつじと色鮮やかな新緑に包まれた山道は天国のようです。途中、岩の前に突然現れる「鉄階段」、それを昇ると岩の上に張り付くように建てられた祠、それは「秩父修験道」と言われ心の邪気を取り除く修行の場所だそうです。さらに進むと山道の真ん中に「大仏坐像」が現れます。そこからは急斜面になっていてステッキを突きつき下りますと、大きな岩の陰に京都の清水寺を模して江戸中期に建てられた「岩井堂」が忽然と姿を現します。どうして江戸の時代にこんな山奥にこんなお堂を造ることが出来たのかと不思議になって岩肌に張り付いた柱の基礎の部分を覗き込んでいました。ここから峰伝いに上っては下りてを繰り返すと「護国観音」に出ます。ここからの秩父盆地を見下ろす眺望はスバラシイ。ここで昼食をとりました。観音様の足元にあるベンチに座って、我々以外に誰も居ない静寂の中で絶景を前に摂る食事は、これまた天国のようでした。この護国観音の真下に札所27番「大渕寺」があります。大渕寺から武甲山の縁に沿って更に南下すると札所28番「橋立堂」に辿りつきます。ここにある「鍾乳洞」に入りますと中は冷蔵庫の中のようでした。武甲山が石灰で作られた山であるが為にセメント会社に側面を削りに削らされ、見るも無様な悲しい姿をむき出しています。そこから秩父鉄道「浦山口」駅へ出たのですが、その駅の側にある「不動名水」は大変に美味しかった~ぁ!石灰層のお陰でそこを通過して来たこの湧き水にはミネラル成分が豊富だと言われています。空になったペットボトルにこの名水を入れて持ち帰りましたが、何か大いに得した気分になりました。
今日は朝9時10分ころから歩き出し、「浦山口」から電車に乗ったのが午後2時ですから、今回の行程は大変に変化に富んだ山道でもあり、“日帰りウォーキング”としては理想的なコースだったと思います。

2011年4月2日土曜日

春を捕まえました


4月1日 あまりの天気の良さにジットしておられず、ワイフを誘って一緒に歩こうと自宅を飛び出して「六義園」までのウォ―キング。3・11の東日本大震災のせいか、今年の桜もあまりの恐ろしさに固い実のまま開こうとしない。我が家の前にも大きなコヒガン桜の老木があるのだが、まだ一輪も開花していない。20分も歩くと「六義園」に到着。入口に近づくとガードマンが「おはようございます」と元気よく挨拶を投げかけた。いつもなら居ないはずのガードマンが居る事に疑問を抱きながら入口を入ってすぐに気が付いた。目の前に大きな「しだれ桜」がほぼ満開で私達を出迎えてくれていたのだ。「六義園」ではこの「しだれ桜」が大変に有名でシーズンにはハトバス観光のルートになって多くの人が訪ねて来ることは知っていたが、まさに今がそのシーズンであったのかと知らされ、その偶然のタイミングの良さに驚かされたのだ。このしだれ桜はコヒガン桜の亜流でコヒガンより早めに咲くのが特徴と言う。

この「六義園」は江戸時代・5代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主の「柳沢吉保」が築園した大名庭園だそうで、東京のど真ん中にしっかりとした回遊式庭園の姿を残しており、園路を歩きながら四季の移り変わりを充分に味合うことが出来る。入口から直にくぐる「大門」越に観るこの「しだれ桜」の姿もこれまた格別の味わいである。

2011年3月30日水曜日

「春うらら落語会」が日本橋にて開催

この度の東日本大震災により被害にあわれた皆様にたいして心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方々と遺族の皆様にたいし深いお悔やみを申し上げます。1日も早く福島原発事故での放射能放出が止まり、被災地が安心して復興に向うようお祈り申し上げます。
さてこのような情勢下ではございますが、沈んだ気持で毎日を過ごすことが解決を早めるわけでもなく、むしろ気分を一新して東北地域の復興に一人ひとりが出来える範囲で支援してゆく為にも、皆さんで元気を取り戻そうと「春うらら落語会」を予定通り実施させて頂くことにしました。

日時: 4月9日(土) 15:00 ~ 20:30
場所: 日本橋 伊場仙ビル 7階
会場: 15:00 開演: 25:30
プログラム:
◆第1部「春うらら落語会」15:30 ~ 18:00 
4人の修行中の噺家が次のような演題に挑戦してくれます。
花伝亭小田急 :「短命」
花伝亭与太美 :「宿屋の仇討ち」
花伝亭長太楼 :「長屋の花見」
花伝亭にょろにょろ :「金明竹」
花伝亭長太楼 :「片棒」
◆第2部 皆さんとの懇親会 18:10~20:30(近所の居酒屋にて)
参加費:第1部のみ 800円、第1部/第2部参加 4,000円

まだ席には余裕がございます。ご参加ご希望の方は第1部のみか、第1部・第2部ともにかをご記入の上、下記にメールをお願いします。   miyaha@kazum.net

2011年2月12日土曜日

豪雪の中の秘境・青森ランプの宿『青荷温泉』へ

2月10日『望走会』メンバーがこの寒い真っ只中に青森の八甲田山の麓にある秘境・秘湯で有名なランプの元で過ごす宿『青荷温泉』へ旅出たのだ。やはり“暴走(?)”の会なのだろうか。今回の参加者6人は皆さん現役でIT分野の企業で先頭切って活躍されている面々なのだが一人だけ隠遁生活者が混ざっているのも異様である。8:56東京駅発の東北新幹線「はやて」に乗る。皆さん乗車するや児童の遠足のように興奮気味である。ついこの間盛岡から先に開通した「新青森」までの乗車だけに皆さんが初体験。3.5時間の旅はビール、チュウハイ、ハイボール、水割り、そして日本酒と販売カートが通路を来るたんびに購入していたのだから呆れたものだ。下車の際の空き缶、空き瓶をいれたビニール袋がはち切れんばかりに大きかったことに驚いたが、恥ずかしくもあった。

新青森からは「黒石こけし号」という無料シャトルバスにて「津軽伝承工芸(こけし)館」経由で青荷温泉まで浅瀬石川に沿っての上りで黒石温泉郷(板留、温湯)を通過して約1時間のバスの旅。こけし館を過ぎるともう道の両側は雪の壁である。遂に雪にスッポリ包まれた「青荷温泉宿」に到着、建屋の一番奥の離れ屋「滝見の湯」に通された(上の写真)。1階が風呂場でその2階は10畳が二間でそこに6人が隔離された。本当に夢のような別天地であった。このような激寒地で、なにせ1階が風呂なので2階は床暖房の部屋にいるようなものだからだ。部屋の窓からは確かに雪の間に滝が見えている。

男6人が集まると早速風呂につかり、そして酒盛りが始まる。午後2時過ぎから夕食までの時間、温泉につかり出てきて酒を飲み、そしてまた風呂へを繰り返した結果、日本酒の消費は720mlX2本、1.8lX1本であった(左上の写真)。この宿には風呂が4箇所にあり、風呂のはしごが出来るので結構飽きずに済んだ。暫くすれば体が冷たくなったように感じて自然と風呂に行きたくなるのだからよくしたものだ。
夕食時も大広間に集まって宿泊客全員ランプの下で食事を取る。部屋に戻っても薄暗いランプの下では酒を飲みながら喋るしかやるこがない。しかしそんなに喋りも続かず10時頃には眠りに着いた。

翌日、外は薄曇だが、東京では雪がコンコンと降っているとの情報が入った。勿論携帯電話も圏外であるから、これら新情報は帳場で宿の人から得るしかない。早朝に風呂に入り仲間の中には我慢で出来ずに6時になって食堂に行った者がいたが、朝食は7時半からと断られて帰ってきた。帰りは午後1:20発のバスで下山する事になっている。それまでやることと言えば風呂に入るか、あとは寝ることだけ。なんという贅沢であろうか。一体私は今回何回風呂に入ったのだろうか。10回までは数えられたが、いやもっと入っていたのかも知れない。

帰り際にロビーに出てきて女将さんとお話しをしていると、「最近は韓国のお客様が青森直行便で来て日帰りで帰りますよ」と聞かされて、「ここは本当に秘境なのか?」と何ともいえない気持ちにさせられた。そして帰りのバスで運転手さんが、「この辺の温泉郷は、最近はヨーロッパからのお客さんが増えてきたよ。特に困るのがフランス人だね」と聞かされ益々ビックリ。やはり何も知らないのは都会人の私達だったのかも知れない。それでもこの「秘境の旅」から私の想いが実現しつつある事を確認できたのだ。それは「こんなスバラシイ日本は世界の人々に知ってもらうべきだ。そのためにも日本は観光立国にまい進だ!観光に力を入れて地域を活性にして、おカネをジャンジャン稼がせて頂こうではないか!」