2018年4月9日月曜日

やはり音楽は ”CHILL OUT ”ね!



ほっとして休息を取っている時、どんな音楽を聴いていますか?
私はほとんどChill Out(チルアウト)の曲をiTunesやYoutubeから聴いています。Chill out とは若者が使うスラングの一つだそうで、「冷静に!」とか「頭を冷やせ!」と言った意味になるそうです。例えば、You want to chill out tonight? とは「今夜、ゆっくりお話でもしない?」また  I’m just chilling out. は「ぼーっとしているだけ」と言った意味合いだそうです。さてこの種の音楽のジャンルはどこで生まれたかと言うと、地中海にある小島「イビザ(Ibiza)島」の中のサンアントニオ町の中にある喫茶店「サンセット・カフェ」がメッカだそうです。一晩中クラブで踊って疲れた人達がリラックス・クールダウンする為にカフェで聴いている音楽で、カテゴリーは所謂「環境音楽」(Ambient Music, Enviornmental Music)に属し風や雨や雷、滝、など自然の音を音楽で表現する創作曲の部類です。私が4年ほど前に凝っていたのが Cafe Del Mar で、最も好きな曲が“Genesis”でした。
Cafe der Mar の去年版を聴いてみてください。


現在では ”Cafe Ibiza” の Dj Maretimo による Islands of Chill を聴いております。

https://www.youtube.com/watch?v=_ZNjzbvr3do&ab_channel=DJMaretimo-LoungeMusicMixes

眠くなっちゃいましたか? もしそうであれば、これこそ本当の癒しの音楽でしょうか。

2018年3月21日水曜日

日本の最先端とは?


さてさて日本の最先端はどこでしょうか? それは本州の最もの東の先端である千葉県の「館山」だそうです。NPO法人「安房文化遺産フォーラム」が発刊している小冊子上に載っていた下の地図をご覧ください。
<小冊子「館山まるごと博物館」より>

3月17日あるグループの企画【江戸と安房・房州・海上交通の文化を訪ねる】に参加して参りました。日帰りで房総半島の先端まで行けるのも「東京アクアライン」を使って東京湾を突っ切る事が出来るよになったからです。今回のバス旅行で、さすが最先端だけに歴史的そして文化的にも随分と深いことを学びました。縄文時代からこの地に人が住んでいましたが、四国の阿波・忌部氏(いんべうじ)の代表「天富命(アメノトミノミコト)」がリーダーとなり阿波から船で麻の栽培地を求めて布良(めら)の浜に上陸したという。この地を「総(ふさ)の国」と呼び、そして「安房国」を「あわのくに」と名付けたという。
ここからは海の真正面に「富士山」が眺められ「信仰の聖地」でもあったという。今回確かに「布良崎神社」から海を望むと鳥居の上遥か彼方にくっきりと富士山が見えました。15世紀から170年間この地は戦国大名「里見」氏が治めていたという。19世紀になって曲亭馬琴が里見氏をモデルに「南総里見八犬伝」を書いています。明治時代には布良は「マグロ延縄漁業」が盛んに行われ、この技法が現在では青森県・大間のマグロ捕りに生かされているそうです。そして20世紀になると、この辺一帯は穏やかな気候を利用して「転地療養地」としても有名となり、画家「青木繁」をはじめとして多くの画家たちが館山を訪れ沢山の作品を残しているという。さすが日本の最先端の地と言えましょう。

2018年2月25日日曜日

十二単と日本”色”文化


きもの学校で「十二単(じゅうにひとえ)の着付け授業」を見させて頂く機会に恵まれた。私の興味は「そんなに重ね着して動けるのか? 一体どの位の重さなのか?」という所にあった。実際の着付け作業を見学して、確かに大変な作業で最低でも二人の着付け係が必要なのだと知ると共に、相撲力士の世界を連想してしまった。
正面と後側に張り付き、二本の紐を操って1枚1枚と重ね着してゆく。1枚目を紐で結わき、2枚目を重ね着してからもう一本の紐で結わき、その後で1枚目を結わいた紐を抜き取る。そしてその紐を3枚目を結わくのに使う。これを前後に付いた二人で繰り返して行くのだ。
この様な装束が流行ったのは貴族文化の平安時代からと言うが、この装束によって社会的地位を平民の前に誇示していたらしい。天皇、皇后、皇太子そして官人の地位によってそれぞれ使える色が決められていたと言う。例えば天皇は「黄櫨(こうろ)色」で21世紀の現在でもこの色は天皇だけが着用しているという。平安時代の色彩には「染色」「織色」「重色」があり600種程の色彩が有ったという。8~9世紀ころに例え貴族社会に限った事とは言え、そんなに多種の色を楽しんでいたかと思うと、日本の文化の繊細さを誇らしく感じてしまう。そう言えば、カメラのカラー・フィルムを使っていた時代、米国コダック社のあのどぎついカラーと富士フィルムの自然色に近いカラーの違いを思い出していた。
ところで「十二単」も平安時代にはなんと16枚から20枚も着重ねして、四季の移ろいを衣服に表現し自分のセンスの良さを競っていたという。それにしても身分を誇示する為の努力は凄いものだ。当時の絹生地も重かったらしく全体で15~20KGはあったらしい。この時代の男子の服装スタイルを「束帯(そくたい)」というらしいが、何か聖徳太子を思い浮かべてしまう。(十二単および束帯の写真はインターネット上のものを使わせて頂きました。)

2018年2月21日水曜日

民謡ライブと広島料理


例年神田小川町「歓粋亭」で企画されている「木津かおりさん」の“民謡ライブ”に今年も行ってきました。今回は特別ゲストが横笛の「ミカド香奈子さん」で美女二人の共演による格調高い民謡を目の前で楽しむ事が出来ました。
私がこの歓粋亭ライブが気に入っているのは、このお店が広島の「中国醸造」が自前の銘酒「弥山(みせん)」を東京で飲んで貰うための直営店なので、たっぷりと弥山を飲みながら広島料理(みずな、子持ちこんにゃく、アナゴ、牡蠣 などなどの食材を生かした料理)に舌鼓を打つことが出来るからなのです。そしてもう一つお気に入りは後楽園ドーム球場の側に住む私は実は「隠れ広島カープファン」なので、この店の壁々にはカープグッズで埋められており、何とも気分爽快にしてくれるのです。

2018年2月8日木曜日

文京シビックセンターにて油絵展示

1月12日から文京シビックセンター4階の廊下展示において小生の油絵2点が展示されています。4階にはシルバーホールがあり、しょっちゅう高齢者対象の催し(輪投げ大会やスポーツ講習など)が開かれているので、立ち寄って作品を観てくれる方々が意外に多くて嬉しいです。この展示は5月連休明けまで開催されているので、もし文京シビックセンターを訪ねた際には4階まで足を運んで頂ければ幸甚です。油絵作品は写真左端「ちごユリ」と真ん中の「安曇野」の2点です。

2018年1月25日木曜日

金栗四三と文京区

この題名を見て「これ一体何を言いたいのか?」と思われた事でしょう。少なくとも「金栗四三(かなぐり しぞう)」(1891~1983年 92歳没)を知っている方は相当ご高齢かマラソン好きな方と思われます。しかしインターネットで同氏を検索してみると、それはそれは大変な人物で有る事を知ったのです。その人物の凄さの一部を書き出すだけで次のようになります。
・マラソン界で1911(明治44)年、2時間32分45秒の世界記録保持者 
・1912(明治45)年、日本で初めてオリンピックに参加した選手二人の内の一人
・箱根駅伝の創始者
・マラソン用足袋「金栗足袋」の発案
・来年(2019年)のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公
そしてこれらの出来事一つひとつがそれぞれ強烈な物語を持っていて、とにかく波乱万丈の生涯を過ごされた偉大なる人物なのです。明治44年のストックホルム・オリンピックでのマラソンに出場した時、競技の途中で突然に姿が消え(実は熱中症でコースの脇の森の中で気を失ったのだが)「消えた日本人」として話題となり、それから55年後の1967(昭和42)年にストックホルムで「オリンピック55周年記念式典」が開かれ、招待された金栗氏が式典会場のトラックを走ってゴールデンテープを切ったそうです。この時会場のスピーカーから次のようなアナウンスがあったそうです。
「日本の金栗、ただ今ゴールイン。タイムは54年8か月6日5時間32分20秒3、これを持って第5回ストックホルム・オリンピック大会の全日程を終了とします」
なんという大人的な仕掛けと仕上げでしょうか。そして彼は今後絶対に破られない最も遅いマラソン記録の保持者でもあるのです。

さて次に「金栗足袋」とは一体何ぞや?の話から表題の「文京区」との結びつきをお話ししましょう。彼がマラソンを始めたころは日本にはランニング・シューズが無いので足袋で走ったのですが、アスファルトの上を走るといつの間にか穴が開き裸足で走る事になります。ところが金栗氏は文京区大塚仲町に在った「播磨屋足袋店」の足袋職人・黒坂辛作に特別にマラソン用の足袋を作ってくれるよう依頼します。それでは何故文京区の足袋屋だったのか、これまた偶然が重なるのです。彼は熊本の生まれですが、小学校の通学で往復12kmの通のりを毎日走って通ったそうですが、学力優秀で1910(明治43)年に難関の「東京高等師範学校」に合格、通学を始めます。東京高等師範学校は後の「東京教育大学」今の「筑波大学」で文京区の茗荷谷に有り、播磨屋足袋店は直ぐ側だったのです。彼が入学した時の校長は何と柔道の創始者「嘉納治五郎」だったのです。嘉納治五郎も熊本出身ですが、「教育には知育・徳育・体育の3つが必要」という教育理念の持ち主でスポーツ全般を奨励し年に2回のマラソン大会を開催していたのです。入学1年生で早速3位に入賞して嘉納氏より「抜群の健闘」と褒められ、その後、彼はマラソン人生に突っ走るのです。
そんな彼の波乱万丈な92年の生涯をNHKが2019年の大河ドラマに取り上げたのです。その大きな理由には2020年にこの東京で「オリンピック」を迎えるからでしょうか。文京区に住む私としては、人一倍この大河ドラマ「いだてん」が待ち遠しいのです。
(上の写真はインターネント上のものから利用させてもらいました)

2018年1月22日月曜日

パワースポット?『玉川大師』


今年の町会の初詣は二子玉川にある『玉川大師』だった。ここは奥の院・地下霊場があり、真っ暗闇の中に「四国八十八ヶ所」そして「西国三十三番霊場」の大師や観音様が鎮座しているという、更にはご本尊が「弘法大師」さまと言うのだから、なんとも贅沢なお寺(玉眞院)であろうか。
<ボケ除け観音>
この地に玉川高島屋デパートが建ったのが今から半世紀前の1965年で、今やこの高島屋が周りに建つ高層ビルに挟まれて小さく見える。人で溢れかえっているニコタマ商店街を抜けて10分ほどで「玉川大師」に到着。さっそくご利益を頂こうと地下霊場に足を踏み入れる。真っ暗闇の中、一歩一歩と歩を進めるが、真っ暗な静寂は私の心身ともに清浄にしてもらった様な気持ちにさせる。うむ!本当にパワースポットなのだろうか。本堂の外の右側奥には、ボケ防止の観音様が居られたのでお賽銭を入れて真剣に手を合わせた。住宅街の狭い一角にも係わらず本当に何もかもが揃ったお寺に驚かされた。<合掌>