2017年10月29日日曜日

えっ!我が敷地に大便が!

我が家の2階に住む息子がある日の朝、「父さん、大変だよ!2階の通路に便をした人が居るよ」と言いに来る。1階の入り口の鉄製ドアを開けて夜中に2階に上がってきてそこで大便をするとは、気味の悪い話である。我が家に恨みを持つ人も居ないはずだが。
そこで息子と相談して1階の駐車場内と2階の通路に「監視カメラ」を付ける事にした。最近は技術の進歩によって、随分と小さなカメラを簡単に壁に据え付け出来て、異常物がカメラを横切った時に自動的に録画され、いつでもその録画画像をiPhoneで見られるのだ。そしてそのカメラ2台のシステム価格も数万円で用意できるのだから本当に技術の進歩はスバラシイ。

カメラを設置してから10日くらい経った時、息子が朝やって来て、「父さん、また便をされたよ。しかしその犯人が監視カメラで分かったよ」と言う。私たち夫婦で、その犯人はどんな人なのかと”興味”とそして”恐怖”でiPhone上の画面を凝視した。それが、下の動画です。ご覧ください。

この撮影は夜中の2時過ぎに取られたもので、そして画面の中心に見える雨水の樋の横に薄っすらと固まりが映っていますが、それが便(つまり糞)なのです。犯人は近くの西片の山に住む「ハクビシン」でした。
やれ、やれ。





2017年10月5日木曜日

年金:「振替加算」が支払われているかチェックせよ!!

9月21日の東京新聞記事に「加入20年、妻が年上なら”振替加算”が行われているか要チェック」という文言が我が目に飛び込んできた。この記事は9月20日に「元公務員の配偶者ら10万人に総額598億円の年金支給漏れが有った」という問題を民進党が閉会中審議を行ったのだがその後すぐに国会は解散を決定。とにかくいい加減な「日本年金機構」だけに今回慎重に自分の妻はどうなっているかチェックすることにした。

参院厚労委で年金支給漏れ
について発言する加藤厚労相
ところで「振替加算」とは「会社員や公務員だった人(夫)と同居する配偶者(妻)に対して65歳から基礎年金に一定額を上乗せして支給する制度。夫の年金に上乗せする加給年金は妻が65歳になると終了する代わりに、妻自身の年金に加算される仕組み」となっている。だから65歳を超えた男性はこの(妻への)振替加算が実際に行われているか調べたほうがいい。もし奥様が年上なら絶対に調べて欲しい。私は真面目に調べ、日本年金機構から要求される必要書類(戸籍謄本、全員の載った住民票、妻の課税非課税証明書など)を揃え年金事務所に出向いたところ、すんなりと今後の妻の年金に「振替加算」が実行されることになった。それより驚いたのは、これまでの未払い分がおよそ70~80万円となり年内にかみさんに支払われるそうで、すげ~~ぇボーナスが出るようなもの。しかしおかしな話で私が新聞の記事に気づかず、そのまま過ごしていれば、このボーナスは無いし、妻の年金に加算分がない訳だ。決して世の中「知らぬが仏」だけではないという好例である。是非調べられたし!

2017年9月9日土曜日

高円寺「阿波おどり」の熱狂の中で


8月27日(日)高円寺駅前の「中央演舞場」の招待者・特等席から見物できる機会を頂き、夫婦で強烈な人が作る二拍子の熱気を体得できた。115の阿波踊り連が次から次へと3時間にわたり踊り巡るのだが、すべての連がそれぞれ趣向を凝らして私たちの前を踊ってゆく。すごい迫力だ。今年が61回目になるという。「踊り」とは人間の喜びを表現する代表であろうか。踊っている人すべてが幸せな顔をしていたし夢中に踊っている女性がみんな美しいのだ。26/27日の2日間の催しで100万人が高円寺駅前に集まり、踊っている人々が1万人いるという。「踊るアホーに見るアホー、同じアホーなら踊らにゃ損、損」はその通り。本当に一緒に踊りたくなってしまったが私たちはテントの中で起立してお囃子に合せて興奮しながら手を打つだけだった。しかし帰路に向かう時、何か気持ちがすっきりしたように感じた。

2017年8月26日土曜日

「法事」はいい習慣ですね!

私は長男で弟が一人。毎年夏休みを利用して名古屋に居る弟一家と長野市の西尾張部にある菩提寺「光蓮寺」に集合して墓参りをしている。今年は父の27回忌、母の13回忌というので、名古屋組4人、東京組6人、弟の次女は北海道に嫁いているので今回は参加出来なかったが、この度集まったのが総勢10人でした。そして今年が父母の回忌が重なっている事から東京の準菩提寺「栄恩寺」の住職もわざわざ長野まで来て頂き豪華な読経となりました。
弟の子が二人で共に娘、そして私の子は一人子の息子、その息子が一男一女をもうけたので、と言うことは遺伝子Y染色体から見ると私の父の血筋は孫の「功乃介」が引き継いてくれている事になる。

今回の法事の後は、皆んなで奥山田温泉・山田牧場にある「レッドウッド イン」で一泊。そして露天風呂で硫黄温泉を楽しむ。横に植わっていた葉っぱを大事なところに当てて隠しているのが功乃介だ。本当に楽しいひと時でした。

2017年8月19日土曜日

2年振りに描いた油絵

『梅と北岳ソウ』
制作年月日:2017年6月 サイズ; F4
2年ぶりにキャンバスに向かって描き始めた。ジジの家に来て壁に掛かっている油絵作品をよく見てくれるのが孫の花奈加(3歳)なのだ。ある日私が部屋の壁に掛けている油絵を変えて置いたら、真っ先にそれに気づいた花奈加が「ジジ、なんで絵が違うの?」と聞いて来るではありませんか。嬉しくなった私は「今、描いているこの絵はお花なので、この絵が出来上がったら花奈加にあげよう」と約束しました。今は亡き母が世話していた「梅」が花を付けた時の写真を参考に、それからワイフが創ったアートフラワー「北岳ソウの鉢植え」を題材に描いたもので、描いている途中で背景の壁に「はなか」と描き込んでしまいました。

2017年8月7日月曜日

毎年恒例の不忍池「蓮鑑賞」

毎年恒例の地元高齢者クラブの皆さんを誘って早朝ウォーキングをアレンジした。年々参加出来る人が、腰痛や骨折治療を理由に減ってしまう。

寂しい限りだ。そこで今年も一生懸命に新人を誘って何とか7人の参加を得た。まあまあである。来年はもっと増やして行こう。

所で今年の不忍池の蓮の花は当たり年。見事に満開だった。蓮の葉の安定した大きな広がり、そしてピンク色を全方向的に発散している蓮の花、仏が蓮を愛した理由がよく分かる。本当に雄大な花であり秋にはそのしっかりと葉や花を支えた根が我々の食を楽しませてくれるのだ。いつまでも大きく開いた蓮の花を見入っていた。

2017年7月9日日曜日

最高気温の中、老人会がウォーキング!


7月8日、ウォーキングの土曜日の10時30分、気温がどんどん上がりすでに30度となった。「ウォーキングの後で”うな重”を食べよう!」と言うテーマは皆さんに受けに受けて何とこの暑さにも拘わらず参加者は22名。
ウォークのコースは江戸時代から有った「興善寺」の裏、つまり現在の我が町会会館の脇がスタート地(上の図の①)。今回のウォークの目的は「蒲焼を食べる」以外に次の2つ有った。一つは「熱中症」対策の一つ、暑いからこそ、汗をダクダク、水をガブガブ飲めば熱中症にはならない事を体験してもらう事、そしてもう一つは、我々の町がある一帯は江戸時代から栄えていた事を知ってもらう事でした。従ってウォーキング・コースを点線で【江戸切り絵図】上に書いた資料(上の図)をみなさんにお配りして、うな重を食べる昼食時に解説をしました。私たちの住む「本郷田町(現在は西片一丁目)」のすぐ裏手は「阿部伊予守」のお屋敷で阿部家11代「阿部正弘」はペリーとの日米和親条約締結(1854)で最も有名だが、阿部家14代の「正桓(まさたけ)」の時に「大椎木の広場」を児童に遊園地として解放(1872)、これが「阿部さま公園」(図の②)と呼ばれて市民から大事にされて来ました。
そこから「清水橋」(水がほとんど流れていなかったので別名「から橋』。図の③)を渡って東京大学・正門に出る(図の④)。東京大学の敷地は「加賀前田家上屋敷」の有ったところで、その中に「回遊式築山泉水園」が造られ真ん中に「心字池」が有ったが、夏目漱石の小説「三四郎」の中で小川三四郎が里見美禰子と出会いの場として有名となり「三四郎池」と呼ばれて来ている(図の⑥)。加賀藩主13代「前田斉泰」の時、徳川11代将軍「家斉」の娘「溶姫(やすひめ)」を正室に迎えるにあたり(1827)慣例に従い通い門を「朱塗り」にしたので「赤門」という(図の⑤)。
最後のゴールの地は「松平右京亮」の中屋敷で小高い山(右京山:図の⑦)になっていたが、大正11年(1922)東京府に払い下げられ、高級借家住宅や独身者アパート「清和寮」その前に「清和公園」が造られたが、今では我が町会はこの公園で毎年「お花見」を楽しんでいます。この右京山にある本郷集会所にて、近所の真砂町にある「鮒兼」から出前注文しておいた美味しいうな重にかぶりつきました。
今日は暑い一日でしたが、健康徒歩運動と、栄養たっぷり食事と、更に住む土地の見直し勉強と、おおいに充実した一日でした。