2014年11月30日日曜日

『いきいきシニアの作品展』始まる

今年も文京シビックセンター1階のサロンにて『いきいきシニア作品展』が11月29日〜12月1日開催されています。今回はゴッホ作品『アイリス』の模写を出展しました。私はゴッホの作品が大好きで、特に彼の黄色系の使い方がたまらなく好きなのです。この模写は今から16年前の1998年5月に描いた私の油絵作品の6作品目なのですが、なんとも黄色の色出しがうまく出来たと思っている自慢の作品なのです。
ゴッホの生涯はたった37年間なのですが、28歳ころから油絵を描きはじめたのですから、画家としての活動はわずか9年間しか無いのですが、あれだけの印象的な油絵を残しているのです。最も黄色を生かした作品「花瓶の中の12本のひまわり」、「収穫の景観」、「夜のカフェテラス」、そしてゴーギャンと一緒に住もうとアルルに借りた家「黄色い家」や「沈む太陽と種まく人」などはアルル時代(1888〜1889)に描かれました。

ゴーギャンに振られたゴッホは心傷つき、幻覚に悩まされる精神異常を来たし自分の耳を切り落とす事件を起こします。その後パリから30km離れたオーベルに移り、「アイリス」や「オーベルの教会」など沢山の作品を描きあげますが、最後の作品は黄色が強烈な「カラスのいる小麦畑」を残して、1890年7月ピストル自殺してこの世を去りました。何とも壮絶な人生であったように思います。

2014年11月22日土曜日

早稲田大学・異業種勉強会にて講演 

11月13日(木)早稲田大学国際会議場・共同研究7号室にて【日本復活私論】というテーマでお話させて頂きました。このお話の詳細は別途レポートに纏めようと考えていますが、ここではその骨子と小生の講演中の雰囲気をお伝えしましょう。
この日の講演のキーワードは次の4つ。「DNADタイプ」、「森の民」、「ソフトパワー」、そして「本当の日本人文化」。
さてその「本当の日本人文化」とは、『外の文化から良い所を取り入れて、日本人用(Dタイプ用)に加工する文化。そっくりそのまま真似るのは日本人の文化ではないのです』というもの。
そしてこの会では最後に次の3つの宿題が出された。
  (1)自分の国「日本」をどう守るのか? (それとも誰かに守ってもらうのか。これをしっかり考えてから次に「日本国憲法」をどうするか考えるのだ。)
  (2)「原発」を再開して【地球と共生】していると言えるのか?(使用済み核燃料の処理法は有るのか? あなたはトイレのない家に住めるか?)
  (3)マスメディア系はこのままでよいのか?
(例えばTVでの低次元番組の氾濫の中で、家庭で子供への教育は大丈夫か?)

 日本の大人よ(私もその一人ですが)、もっと真剣に考えようではありませんか!

しかし私のお話は、「日本は大丈夫。ちゃんと復活するのですよ」という講話なのです。「どうして? どうやって? いつごろ?」と疑問を抱かれる方、詳細なる別途レポートをお楽しみに。

2014年11月3日月曜日

紅葉の「恐山」と「十和田湖・奥入瀬」を訪ねて

<恐山と紅葉>
<八甲田山>
地元商店会『金曜会』の2年に一度の「豪華絢爛の旅」は、10月25~26日の週末、空路にて紅葉の東北青森の「恐山」へ、そしてその夜は「浅虫温泉」では最高のホテルと言われる「南部屋・海扇閣」にて泊、翌日は「八甲田山」から「奥入瀬渓流」を通り「十和田湖」へ。更に東北自動車道に出てまたまた北上、りんごの産地「浪岡」を経由して青森市外の「三内丸山遺跡」へ。そこから青森空港に出てご帰還というダイナミックな「秋の旅」を満喫して参りました。「霊場恐山」は今から1200年前、慈覚大師“円仁(えんにん)”によって開かれたという。そして「三内丸山遺跡」となると、今から5500年前の「縄文時代」の遺跡だそうで、すでに江戸時代から有名な遺跡だったそうです。本州の最北端にそんなに昔から「大文化」が栄えていたとは驚きでした。そして本州北端の青森「食文化」も凄いのです。陸奥湾のホタテ、大間のマグロ、そして地酒の「田酒」や「古城錦」、果物では浪岡の青森りんご「ふじ」。更に目の保養には何と言っても「奥入瀬渓流」の紅葉でしょう。兎に角この1泊2日の旅は、腹一杯、目一杯に楽ませて頂きました。
<奥入瀬渓流>

2014年10月5日日曜日

また楽しい【祭り】がやって来た!


地元 本郷田町のお祭りがやって来た。今年は9月27日(土)と28日(日)の2日とも秋晴に恵まれ祭り日和だった。私ども老人会は例年通りに神酒所係を引き受け、皆さんからの「奉納」を受け取りその会計管理と、奉納内容を掲示板に貼り出すのが主なお役目である。今年もお陰さまで昨年より奉納金はちょいとプラスでお酒や飲み物の奉納は昨年より増えたようだ。こんなご時世なのにありがたい事である。
お祭りで一番盛り上がるのは、子供達を対象に行う「ゲーム大会と縁日」そして大人神輿の「宵宮」であり、今年も浅草・吉原から「狐舞ひ」が特別参加して大人神輿の前で舞を披露してくれた。

ところで「吉原狐舞ひ」とは、江戸時代、吉原の遊女たちは「狐」と呼ばれ、廓(くるわ)の四隅と大門の外には、計五つの稲荷神社があり、遊女たちの信仰を受けていたそうで、そんな吉原で生まれた芸能が「吉原の狐舞ひ」だそうだ。大晦日の夜、吉原では獅子舞ではなく狐舞が行われ、お囃子衆を従え美しく着飾った白面の狐は、新年を祝いながら町中を練り歩いたと伝えられる。その吉原狐も、遊郭の終焉とともに姿を消すことになったそうで、それから月日は経ち、この廃れたままの「吉原の狐舞ひ」をもう一度掘り起こし、吉原の町をより発展させようという想いを持って、2009(平成21)に、吉原狐として活動を復活させたそうだ。(「吉原狐舞ひ」のHPより)
ここ本郷田町でのお祭りは、年の祭りの最終タイミングになるらしく、あちこちから神輿の担ぎ手が「担ぎ納め」ということで集まって来るので、それはそれは迫力のある、見事なお祭りとなり、地元の私たちも大いに誇りに思っている。
<私も担がして貰ったが、肩に痛みがーーー>

2014年9月17日水曜日

敬老の日と僕たち

9月15日は敬老の日で祭日。ここ地元「老人会」では例年「敬老祝い」と7〜9月生まれの「誕生会」とを合わせて祝っている。今年もその日が来た。私は地元の老人会の会長をさせて頂いているので、この日の挨拶では次のような話をした。
「皆さん、去年と同じ会員の皆さんとこうして敬老の日そして7〜9月の誕生日の方達を一同に介してお祝い出来る幸せを噛み締めています。去年と同じメンバーで迎える事が出来たことが本当に嬉しいのです。
<千駄木の「吉里」にて男の集まり>
日本は長寿の国として世界的に有名ですが、100歳以上の方が全国に54万4千人ほど居られまして、過去最多だそうですが、昨年比で3千人ほど増えています。来年も過去最多になる事でしょう。そして75歳以上の方が8人に一人になっています。出生率が2012年で1.41と夫婦で二人の子供を作れないのですから、当然のことながら人口減の現象は避けられないことでしょう。あと26年後の2040年には日本の人口も1億人を割ると言われています。東京都で100歳以上が1634人(内男265、女1396)で、文京区では81人(男9人、女72人)です。何と女性は強いことでしょう。今後もきっと女性群で日本を背負って行ってくれることでしょう」ってな話をしていたのですが、その日集まっていたのが25名で、その内男性は7人でした。なるほど!
その数日後、私の同年代(70〜80歳台)の男同士の集まりが千駄木の<吉里>で有りました。そこでの話の90%が「病」の話でした。この会員の内2名が「がん治療」のために欠席だったのです。おのずと「病」の話に関しては現実味を帯びてきます。そして次回は何時にしようという話題になったとき、幹事から「来年の2~3月ころにしましょうよ」と具体的提案があったのです。その根拠を聞き出すと、11月に白内障手術があり、その手術後の経過が心配だからという幹事の置かれたる事情で「忘年会」は無しにして来年2〜3月と決まったのです。
70歳をすぎると、本当に体が資本なんだとつくずく感じたここ数日でした。チャン!チャン!

2014年9月3日水曜日

え! 日本は大丈夫?? (こんな偶然は驚き!)

私は3日前にブログを書いてUPしたのです。その時のテーマは【ルポ貧困大国アメリカ】という本を読んでそれに就いて書いたのです。な!何と!その私が恐れている事が、日本では着々と実現に向かっているようなそんな記事が、その3日後にデカデカと東京新聞に載っていたのです。そこでまずは下にスクロールして一つ前の8月31日のブログを先にお読みください。そしてその後でここに戻って来てください。

==まずはスクロールして8月31日のブログへどうぞ==

読まれましたか。それでは、この下の東京新聞記事をお読みください。(ちょっと文字が小さくて読みづらいですが。)
なんと言う偶然でしょう。これも神の思し召しだったのでしょうか。

本当に日本の大人、それも有識者と言われる連中は脳細胞がマヒしてしまっているのでしょうか。末恐ろしくなってきます。