2015年2月15日日曜日

孫とのお遊び

<写真1>
今日はバレンタインデー、孫が「ママが作ったチョコレートを持ってきたよ」と訪ねて来てくれた。家に着くと早々に紙上に書いた町の地図を引っ張り出して自分の持って来た「ミニカー」をまず並べるのだ。消防自動車は消防署の所に、パトカーは警察署に、そして自分の好きな車を自分の家の駐車場にという具合に。そもそもこの地図は昨年の春に使い終わった1月から4月までのカレンター4枚を繋ぎ合わせ、裏返した白面にマジックペンで書き始めたのである。すると次に来た時には「ジジ、郵便自動車を持って来たよ」と言われて5月の使用済みカレンダーを4枚物地図に繋げて、その上に「郵便局」を描くと言った具合に次第に広がって行き、【写真1】のような大きな街が出来上がったのです。ある日、それに線路を書き足して「電車」が走れるようにしました。このように街が広がってくると、私に取ってもこの遊びが楽しくなってきたのです。今では孫の方が早めに飽きて他の遊びに移って行ってしまいます。
<写真2>

この地図上で動き回るミニカーの殆どは私の息子が子どもの頃に遊んだそのもので【写真2】、親子2代に渡って活躍しているのです。これらのミニカーの活躍振りには本当に驚かされます。
さてさて、今日、孫が持ってきたのは、「飛行機」でした。ちょっと驚いた私は、なんとかしようと考え、今年のカレンダーで未使用のものを持ち出して2枚を切り外して街の地図に繋げて「飛行場」を描いたのです。持って来た戦闘機を旅客機に代用していますが【写真3】。

<写真3> 
しかしこの飛行場を作ったことで、新たなる発見がありました。「ミニカー」や「電車」はこの紙の上から出ることは出来ませんが、「飛行機」は飛行場から、隣の私の部屋に「ここがアメリカ」とか、ピアノの上を「ここが北海道」なんて言って手で飛行機を持って移動しますので、行動範囲がグ〜〜ンと広がったのです。

さて、今度孫は何を持って来るのだろうか? ここに残された今年のカレンターの残り10枚が有ることを孫は知っている。しかしこれ以上街を拡げてはそれを開ける広いスペースが必要となり問題だ。もしかすると、飛行機が飛ぶようになったので、私の部屋に第2の「紙上の街」が生まれるのかも知れない。

2015年1月31日土曜日

『そば打ち』の精神を学ぶ

<このドアを開けて緊張がスタート>
1月最後の日、空は真っ青に晴れ上がっている。今日は緊張の一日となるそば打ち修行の日。経堂にあるそば打ち道場【愚直庵】に午前10時過ぎに到着。前回ここに通ったのが昨年の7月とすれば、半年に1回の割合なので、決して「修行」などとは言えない。そこで私はこの道場に通うのは、そば打ちの精神を勉強させて頂いているのだと屁理屈を付けて通わせて頂いている。従っていつまでたっても、細くて形の整ったそばは作れるようにはならないであろう。さて、どのようにそばが生まれるか、写真を通してご覧頂こう。

<1。へそ出しの後の三角錐>
まずは500gの特性そば粉と水250gを「木鉢」に入れてこねる。これを<水まわし>と言うが、この作業がそば粉が形を変える最も神秘的なところ。水は最初に8割位いれて、捏ねているとプ〜〜ンとそばの匂いがしてくる。そしてそば粉と会話している気分になってくる。「美味しい蕎麦になってくれよ!」と。
<2。じのし>
暫くして残した水の量の半分を手水でさし、更に指先を使ってこね回す。すると「あら!不思議」そば粉が団子になってくる。そして最後に残った水をたらすと、益々大きな団子状態となる。これを一つに纏めて、つぎはその固まりを練り込む。これを<菊もみ>という。そして固まりの中から空気を抜く為に<へそ出し>を行いながら、最後に形が円錐形になるようにまとめる(写真1)。次はそれを手のひらで直径30cmほどの円盤形にのして(<地延し>:写真2)その後で「のし棒」で外に外にと延して丸形を広げて行く。これを<丸出し>と言う(写真3)。
<3。丸出し>
次は「巻き棒」に巻き付けて押し転がして<四つ出し>、<幅出し>、<本延ばし>の作業で、50cm X 80cm位の長方形サイズまでに広げる。この時厚さがおよそ1.5mmになっている。これを四つにたたんで(<たたみ>:写真4)、いよいよ包丁で切る(<切り>:写真5)。

<4。たたみ>
これからが一番精神統一が求められる<切り>である。ここが【愚直庵】の精神である「急がず、慌てず、欲張らず」なのだが、修行の足りない私は、ここで慌ててしまって、そばの太さがバラバラになる。包丁を構える姿勢、狐指で駒板を軽く押さえる、駒板は平行移動、手前の折り目をつぶさない、なんてあれやこれや注意事項があるのだが、どれかを意識すると他の事が疎かになる。そんな結果が最終の「成果物」にしっかりと現れてしまうのだ。毎回、【蕎麦道の教え】である『偏らず、拘らず、囚われず』に事を進めるのが如何に難しいかをこの道場で学ぶ。
<5。切り>
しかし我が家族は知っている。太さが疎らでも、やはり十割そばがいかに美味いかを。それが私への救いである。明日は孫達がこの成果物を食べに来るのだ。

このそば修行にはもう一つの魅力があるのだ。それは修行が終わったあとに、富士山の勇姿が見える3階の【いろり部屋】で、奥様お手製の美味しいお料理をご馳走になれるのだ。いろりでの焼き魚や鍋料理などなど、そしてそれに美酒付きと来ては、贅沢三昧のたまらないひと時なのである。もしかすると、これが目的で私は【愚直庵】を訪ねて来ているのかも知れない。
【愚直庵】を出る頃は夕方の4時30分。小田急線・経堂駅のホームからは、夕日に光る富士山がくっきりと見えていた。明日はみんなに喜んで貰えるだろうか。
<小田急線・経堂駅ホームからの富士山>

2015年1月26日月曜日

ボランティア・ガイドをして早3年目

年月の流れるのは歳を取れば取るほど速くなると感じます。文京区の「ふるさと歴史館」での常設展示解説のボランティア・ガイドをさせて頂いて早くも2年が過ぎました。最初の頃は、「うまく説明が出来きるか」とドキドキしながらガイドをしていましたが、歳を取ると羞恥心が薄らぐのでしょうか。最近では恥をかいても仕方なしと割り切って図々しく解説が出来るようになりました。
それでは、私のガイドの「コツ」をお話しましょう。まず、お客様との初対面で最初の質問が、「今日はどちらから来られましたか?」と聞き、次に「この歴史館ではどのくらいのお時間がございますか?」そして3つ目の質問で「今回、特にご興味持っているものございますか?」と聞くと、この辺で相手とも親近感が生まれて来て、さてどんな内容でお話しようかとその内容が決まるのです。そして1、2階をご案内して大体20〜30分に纏める様にしています。

 この歴史館は1階が歴史テーマで「旧石器時代」から「現代」までの歩みが展示されていますが、実は「中世」がボッコリ抜けていて「弥生時代」から「江戸時代」にピョンと飛んでしまいます。何故なら文京区弥生町から発掘された「弥生土器」でもお分かりのように、文京区には5つの台地(本郷台地、白山台地、小石川台地、小日向台地、関口台地)があり、この辺が原始時代からリアス式海岸の形になっていた為に、石器時代には多くの人類が住んでいたようで、数多くの遺跡が「貝塚」とともに発掘されています。しかしその後は関東地方が歴史上に登場する場面が殆どなく、徳川家康が江戸に進出して来てから再び注目される地域となったのです。
<酒問屋「高崎屋」大屋敷 二世「牛長」は何故この絵を描かせたか?>
近代産業としては、東大・医学部が有ったせいで、湯島、本郷に医療機器の問屋が集中し現在に至っています。また「講談社」や教科書を作る「日本書籍」や「東京書籍」が小石川地区にあったせいで、「共同印刷」や「凸版印刷」を中心に印刷、製本、出版の町に発展して来ました。
さて2階は、「江戸の町家と商家」「江戸の産業と職人」「武家・大名屋敷」「江戸の信仰と娯楽」さらに「文人の町」などテーマ別に展示されています。
<「やっちゃば」のジオラマ>
2階での私の解説の一例として、●「現金安売り」で大成功した酒屋「高崎屋」●江戸時代に歯磨き粉「乳香散」の販売で大人気だった本郷三丁目の「かねやす」。そこで江戸の川柳に「本郷もかねやすまでが江戸の内」と詠わ本郷の代名詞となりました。●駒込にある富士神社では「富士講」(富士山信仰)がはやり、そして現在駒込病院のある高台は江戸将軍の「鷹狩り」の名所で、また駒込で採れた「ナス」を青物市場「やっちゃば」で売っていたのです。おやこれは「一富士二鷹三茄子」ではないか? これは徳川家康の誕生した駿河の国(静岡県)の名物を初夢に見るとその年は縁起がいいと言うことから来ているという説がありますが、私は駒込の名物から生まれたのかも知れませんよ、なんて解説しています。 
次回、私のガイドは 3月21日(土)13:00〜16:00でございます。もしお暇が取れましたら「冷やかし」にご来場ください。お待ちしています。

2015年1月17日土曜日

この歳にして何と驚きの片道660kmのドライブ(後編)

◆後編の前に【中編】がありますので、下の【中編】からお読みください。

<まだここは写真撮る余裕あり。難所はこの先>
私は知っている。雪道で車を一旦停めると、再スタートの時に【技】がいることを。薄らと地面を覆っている雪と相性の合った最適のスピードでここを乗り切るのだ。「あ!」前の車の後輪が空回りして先に進まないようで、段々と私の車に近くなって来る。「やばい!」あの車を避ける為に私は今の轍から外れたくない。しかし、なんとラッキーなことか! 前の車が左によけたのだ。何故かその理由は分からないが、私は同じ轍をそのまま走る事が出来た。今にも停まりそうな低速で雪との相性に注意しながら走り続ける。後ろに続く車も私を抜こうとせずくっついて来る。「一本松」付近が上りのピークであろうか。道は下り斜面に変わり雪も極端に少なくなった。ワイフと顔を見合わせ「ホッ」とため息をついた。 
<岡崎城:ご対面出来ず残念!>
四日市JCT手前の「御在所」通過が10:55なので、そんなに大きな遅れは無いようだ。しかしその後「伊勢湾岸道路」に入って最初の渋滞に直面。暫くしてカーナビを見ると、「豊明IC」から外に出て国道1号線にと案内している。「エイ、ヤーァ!」と判断して外に出る(11:20)。ラッキーにも国道1号線はスムースに走っている。「岡崎市」に入りワイフとのこんな会話があった。「思ったより道はスムースだね。その先を左に折れて徳川家康の生まれた地【岡崎城】にでも寄ってみますか?」するとワイフが「何を言ってんですか、渋滞はこれから先ではありませんか。そんな寄り道していたら今日中に家に着きませんよ」とのご裁断。岡崎城を諦めてこのまま1号線を進むとカーナビが今度は「音羽蒲郡IC」から東名高速に入れとの指示。
<運転手の唯一の写真>
東名に入って驚いたことに大渋滞なのだ。これでカーナビが指示する理由が分かった。きっとその間がず〜っと渋滞たったのだ。そう考えれば国道1号線に出てスムースに来られたので、その分時間を倹約できたのであろうか。一方国道1号線は「蒲郡」からは東名から離れ、「豊橋市」を通って「浜名湖」の南側を走るので距離的には相当遠回りになるので、このカーナビの指示が正しいのかも。いよいよこれから気の遠くなるような渋滞と戦わねばならない。まずは「トイレ休憩」を取ろうと「東名赤塚PA」に立寄る(13:20)。しかし強烈な渋滞は、ゆっくり昼食を取る気になどはさせない。その理由は、休めばそれだけ他の車から置いて行きぼりを喰う感じがするからだろう。そこで「菓子パン」数個と「飲み物」それに運転疲労回避(?)用のスタミナドリンク2ケを購入してすぐに車に乗り込み、発進した。
<富士山と一瞬渋滞が解けた瞬間>
「日本坂PA」あたりから進行方向正面に「富士山」の勇姿が現れる。車はノロノロと動いているので、「歌川広重」の真似じゃぁないが、今年は多いに往路を含めて富士山をじっくりとアチラからコチラからと眺める事が出来た。それもノロノロ運転なので時間の変化とともに富士山も色を変えてくれて、夕日が掛かる頃には富士山の雪が金色に輝きを発していた。富士山の変装が渋滞で腐っている気持ちをどれだけ和ませてくれたことか。しかしちょっと疲労感も感じられ始めたので休憩とガソリン補給の為に「足柄SA」に車を入れた(16:20)。この後も渋滞が続くとすれば、今この時に腹ごしらえをしておこうと判断し、ワイフと半サイズ「チャーシュウ麺」を注文。
しかし何か体がおかしい。地震の時ように体が揺れている感じがするのだ。きっと運転し続けていたので、あの車の振動が体に残ってしましっているのか?歳を取ったせいか、三半規管の異常で復帰回復力の低下なのだろうか? しかし昼食を菓子パンで済ませたせいか、チャーシュウ麺の何と美味しかった事か。
ガソリンを入れてから、またまた渋滞の坩堝の中に入り込む。ビッシリと3車線に真っ赤なテールランプを光らせた近代文明の怪物が行儀正しく並んでいた。この渋滞の中で人より優位に立つ方法(一車でも先に出る方法)を私は知っている。基本的にはいつも進行方向に向かって一番左側の車線を注視せよ。つまり標識にPA,IC, JCTの案内が出て来たら速やかに最も左車線に移動せよ。そして長距離ハイウエーバスや長距離トラックが脇を抜いていったらすぐに追従せよ。そのようにして車線を切替えながら先に進めば最も効率よく先に出られるのだ。一番効率が悪いのは追抜き車線の一番右側をズ〜ット維持している場合だ。しかし運転に自信の無い方はそんな臨機応変の車線切替え運転は危険なので決してしないようにして欲しい。
<私たちを無事に運んでくれた愛車チェイサー、 ありがとう!>
長い長い渋滞は「首都高速道路」に入って解消された。あとはスイスイと運転が出来て「西神田」出口から一般道路に出たが、やはり正月3が日の最後の日なのでJR水道橋駅前の繁華街もネオンだけが激しく点滅しているだけで、その下に人は疎らで寂しい光景だった。自宅着20:00チョイト前。今回の旅の走行距離 1311km、ガソリン代はおよそ14,000円、高速道路代(往復)で24,500円、考えてみれば,レンタル・タイヤ、新規スタッドレスタイヤ購入、レンタカーそして新幹線/タクシー利用のどの方法よりも最も倹約した旅となり私は大いに満足だった。しかし結構神経はすり減らしましたがね。
これにて【正月ハプニング】の報告を終わります。長いお付き合いありがとうございました。<完>