2010年11月15日月曜日

町会の老人会旅行と人形との出会い

当地の老人会・旅行で11月13日から1泊2日で長野県・湯田中温泉に行って参りました。
町内から迎えのバスに乗り首都高速―外環―関越―上信越自動車道を走りお昼には長野県・中野市に到着しておりました。昼食の後中野市内にある文学博士「高野辰之」記念館を訪ねました。正直なところ彼の名前を知らなかったのですが、あの「ウサギおいし、かのやま~」に始まる「故郷」や「朧月夜」、「紅葉」の作詞をした人と聞かされ驚いたのです。なぜ名前が知れ渡らなかったかの理由は、当時これらの歌が「文部省唱歌」として紹介され作詞・作曲家の名前が表示されなかったことに起因しているそうです。

その次に、隣の飯山市にある「高橋まゆみ」人形館を訪ねて、またまた驚かされたのです。 針金に粘土を巻いて形を作りそれを布生地で包んで作る人形はどれも表情豊かで、その世界に引きずり込まされてしまうのです。高橋まゆみさんは普通のアスパラ農家のお母さんだそうですが、人形創りの基礎を通信教育で学び、やがて自己流で作り続け、その題材は村々にある普通のお年寄りの生活表情や家族や孫への思いやりがテーマになっているようです。これが丁度私達年齢の者にはたまらなく感動させられてしまうのです。
嫁と喧嘩して、身の回りの物を肩に背負って右手に「位牌」左手に「まくら」を抱え家を飛び出してはみたが、しばらくすると家に戻ってくる「頑固ばあさんの家出」とか、作品「母の手」では、母に抱きついている子供の目にキラリと光る小さな涙。その細かな表現に見ている私も涙腺が緩みます。
(下の写真は 高橋まゆみ人形館で配られる絵葉書より)
更に徹底的に驚かされる事態が起こるのです。高橋まゆみさんの人形の周りには、沢山の小道具が配置されて雰囲気を盛り上げているのですが、何と、何とこの小道具を作っているのが、私達町会の町会長だったのです。この因縁が超驚きなのです。なぜなら、この「湯田中行き」の旅行が決められたのも、そして高橋まゆみ人形館を訪ねる行程が組まれたのも、全く町会長の知らないところで決まっていたのですから。何と言うめぐり合わせでしょう。 私には信じられません。

【高橋まゆみ】創作人形家に就いての詳細は彼女のHPをご覧下さい。
  http://www.1-light.com/dollart.htm

2010年10月27日水曜日

【第7回 文京を歩くかい】 快晴の中で実施


10月23日(土)は、前の日までグズグズしていた天候が信じられないような秋晴れの朝を迎えました。天気予報では翌日の日曜日はもう午後から雨となっているのですから、何とラッキーなことでしょう。そしてこの会は回を重ねるごとに参加人数が増えてなんと今回は18名にもなっております。
今回のテーマは『旧東海道を歩こう!』でして大森海岸がスタート地、そして旧東海道に沿って品川宿を通り三田までおよそ15kmを歩きました。
大森海岸駅から「しながわ区民公園」に入り、木々がこんもりと生い茂った薄暗い林の中を一列になって歩きました。時々木々の間から太陽の光がこぼれ落ちてきて、こんな都心にもかかわらずとてもすばらしい森林浴を楽しむことが出来ました。

次に坂本竜馬が黒船を見たという「浜川砲台」に出て、勝島運河の土手に沿ってコスモスが満開の「しながわ花街道」を海からの潮風に吹かれながら歩きました。
それから坂本竜馬の立像がある立会川駅前に出て、ここからは旧東海道を解説頂くガイド付きで「来福寺」~「山内容堂の墓」~「品川(ほんせん)寺」~「荏原神社」と歩き、そして「品川交流館」にて皆さん特製弁当で昼食。午後からの参加組と新馬場で待ち合わせし、「品川神社」~「権現山公園」~「御殿山庭園」~「東禅寺」~「泉岳寺」~「亀塚公園」を経て午後5時過ぎに三田の打上会場に到着。北京料理飯店を貸切り、9時過ぎまで懇親を深めに深めたのです。今回はデジカメで動画を撮ってみましたので、これを編集して近々【YouTube】にUPしたいと思います。乞うご期待。ここではその一部、「しながわ区民公園」の中、木に覆われた小道を一列になって歩いているシーンをご覧いただきましょう。

2010年10月15日金曜日

日和田山ハイキングと武者小路実篤

10月14日(木)友人H氏と二人で「野辺山歩き」に出掛けました。コースは西武池袋線で高麗(こま)駅下車、ここからまずは途中の彼岸花群生地として有名な「巾着田(きんちゃくだ)」に立ち寄りました。すでに彼岸花は終わっていましたが、しかしビッシリと畑一面に咲いている美しいコスモスが出迎えてくれました。
それから日和田山(305m)を目指しての登りに入りますが、途中保育園の児童達が大声を挙げて「頑張れ!頑張れ!」とお互いに元気付けながら一列になって登ってゆく姿に出っくわし、「こんな小さい時から登山を経験すれば、きっと何かを体得するはずだ」と嬉しく感じました。

日和田山頂上からは、すこし靄に包まれていましたが中々の眺めでした。それから物見山の脇を通って鎌北湖に出て昼食、そこから大谷木川に沿って東武越生線の「武州永瀬駅」に向って下りて参ります。その途中で八高線の踏切を渡った先にある武者小路実篤が理想郷を目指して昭和14年(1939)に作ったと言われる「新しき村」を通過します。

ところが私達二人が八高線の踏切を渡った直後にサプライズが起きたのです。H氏の友人K氏と偶然にもバッタリ出会ったのです。K氏はこの「新しき村」の住人で早速敷地内を案内して頂きました。「杉と桧の違いは?」、「真竹と孟宗竹の違いは?」などを教わり、そしてご本人が挑戦している「竹の炭焼き」現場を見せて頂きました。

現在ではこの竹炭は「脱臭剤」として、湿度調節用として、更には土壌の改善剤として利用されているので、人気が高いそうです。他に養鶏、椎茸栽培などが行われていて、早速採り立ての「初玉子」と「椎茸」をお土産に買いました。

午後3時過ぎには「武州永瀬駅」に着いたのですが、二人にてビールで打ち上げしようと酒屋を探しても見つからず、飲み屋も時間が時間だけにどこも開いていません。ほぼ諦めかけていた時に、4日前に開店したばかりという「ネパール料理」のお店が一軒開いておりました。ここで冷たい、冷たい生ビールで乾杯が出来たのです。美味しいネパール料理を食べたのも初めての体験でした。これは今日のもう一つのサプライズでした。

2010年10月11日月曜日

不動明王の開眼法要と木遣りお練


我が家の近くにある「澤蔵司稲荷」にて10月10日『不動明王 お練り』が行われた。これは(社)江戸消防記念会・第四木遣(きやり)親声会が100周年記念に「火伏せ守り本尊」である不動明王を澤蔵司稲荷に寄進するもので、隣の「傳通院」本堂前から木遣り第四区10組の纏を先頭に不動明王がお輿に乗って澤蔵司稲荷まで向かうというイベント。木遣り纏振りの行進、仏像の開眼(魂入れ)作法など多分一生に一度見られるかどうかの催しと思い出掛けてみた。朝方は激しい雨が降っていたが「お練」が始まる午前10時には雨は上がっていた。

江戸の中期、「火事とけんかは江戸の花」と歌われたころ、「町火消し」が町の鳶職中心に組織されて、火事と聞けば、纏を先頭に「それ!」と火事現場にはせ参じたという。町の鳶職が中心だったことから、社寺や家が造られるときに「木遣り歌」が歌われ続け、現在に引き継がれてきているという。澤蔵司稲荷別当のお話では、江戸消防記念会は第11区まであるそうで、この第四区は文京区、豊島区、千代田区の一部をカバーしており、神田明神など神社が多い地域だけに一番威勢がよく統率が取れているという。纏もそれぞれに違ったデザインで、それが振り回されながら、威勢のいい「木遣り歌」が日曜の静かな小石川台地に響き渡って、大変に気持ちがいい。木遣り歌の響きが余りにもスバラシイので持っていったデジカメで動画を撮ってみたのでご覧頂きたい。

2010年10月1日金曜日

秋祭り無事終わる!

今年も無事にそして盛大に地元の秋祭りを終了することが出来ました。
我町会は組織の団結が固いことと、青年部が大変に闊達に行動することでこの近辺でも最も元気のいい町会だと評判です。従ってお祭りも盛大に行われるのです。
特にこの時期(9月23~24日)ではお祭りの最終時期らしく、もうすでに終わっている地区のお神輿担ぎ手が集まって来てくれて元気のいい神輿の宵宮渡御、宮入渡御が繰り広げられるのです。これも我々町会の青年部が各地のお祭りに担ぎ手として手伝いに出ていたからこそ、そうして来てくれるのです。当町会にはハッピが200着ほどありますが、それがほぼ全数出切ってしまうのですから、神輿の回りには200人以上の人が囲っているのでしょう。

我ら老人会は神酒所をお守りする役割で、お祭りの期間中は朝から夜まで神酒所に張り付いています。この期間はこうして地元の人々との交流がとても楽しくもあります。朝からお酒を皆さんと戴いても誰からもお小言を言われない、すばらしい一日なのでございます。私も神輿の前に立つ「おんべ」役を仰せつかり、交通の激しい白山通りのほぼ中央まで神輿を引っ張り出す醍醐味を味わいました。そして縁起を担いで、神輿も担がせて貰いました。

2010年9月17日金曜日

150分講話でしゃべり続けました!


またまた突然ハローワークが実施している「緊急人材育成支援事業」で西新宿で行われている「初心者向けパソコン研修」の中での「講話」の要請を受けました。何と今度は1コマ50分の連続3コマでトータル150分を喋らねばなりません。受講者は26人で年齢は20歳代から60歳代と幅広い。講演内容を準備する時間も無いので、前回横浜・関内で行った講話内容をちょっと膨らませて何とかこなすように仕組みました。全く新しく追加した項目は『インターネット社会とは?』でメディアの進化の歴史からインターネット世界を解析してみました。兎に角受講者に飽きが来ないように聞いて貰うには、私の方から一方的に説明するのを避けて、時々質問なり問いかけをして受講者に答えて貰うように両方向コミュニケーションに努めました。お陰さまで眠っている人は居なかったようで、よかったと思っています。さて、どんな内容を喋っていたのか、当日配ったアジェンダの内容をご覧頂きましょう。
(講話日:9月16日[木] 10:00AM~12:50)

講話テーマ:『やりがいのある仕事を自分で見つけよう』

【1時限目】 10:00 ~ 10:50

◆自己紹介
◆『地球規模で変革が起きている』
 *「地球規模」とは?   
 *「欧米型文明」の行き詰まりとは?
 *「日本」はどうなってしまったのか?
 *「江戸の文化」と「エコ社会」 

【2時限目】 11:00 ~ 11:50

◆文化の違い (商社マン時代の経験から)
 『国が違えば文化も違う』
 *アパートは日当たりの悪い部屋の方が人気が高い(米国/シカゴ)
 *若い時に一戸建ち、年老いてからアパート住まい(米国)
 *シンガポールは大きなデズニーランドだ!
 *アメリカ人は何と合理的ケチなのだろう!
 *子供への教育の違い、佐久間のドロップと金太郎飴
 *結婚披露宴は2時間遅れでスタートとは本当?(シンガポール)
◆インターネット社会とは?
 *メディアの進化の歴史から解析
◆「ヒトデ」は「クモ」よりなぜ強い? 
 *「親分子分型社会」から「寄合い社会」へ

【3時限目】 12:00 ~ 12:50

◆私の趣味 「塩の道」と「鯖街道」 に就いての解説

==ビデオ鑑賞:鯖街道DVD(2/4 & 3/4)==

◆なぜビデオを観て頂いたのか。
◆『やりがいのある仕事を自分で見つけよう』
 *挑戦することによる快感と満足度
 *地球規模の変革の時代での挑戦 へのヒント
 *「生きる」ということ

                            以上

2010年9月13日月曜日

油絵大作『芝原の六地蔵』の完成


昨年の8月末にサイズF30(910X727m/m)のキャンバスに向って、1年掛けてやっとのことで、私にとってサイズF30の油絵2作目が完成しました。1年掛けて毎日少しずつ書いて来たかと言えばそんなことは無く、書き始めた1ヶ月ほどは構図取り、そして凡その色入れなどに注力したのですが、その後は殆どキャンバスの前には立つことは無く、この7月に入ってからエイヤーと描き込んでやっと「この辺で止めにしよう」という状態になったのが9月に入ってでした。
この「芝原の六地蔵」とは信州・小谷村から大網峠を抜けて糸魚川に出る千国街道筋に在ります。大網の宿場町を抜けいよいよ峠に向って山道に入るところに鎮座ましましておりました。それも大きな杉の大木に挟まれた間にチョコンと6つのお地蔵様が現れた時には本当に驚きました。しかしその6体の格好がユーモラスで旅の途中の私をホットさせてくれました。