2013年4月21日日曜日

巨大都市・東京のジオラマを見て!


<真ん中辺に東京ドームが。正面奥には見晴台>
先日「森ビル」が持つ巨大な都市模型(ジオラマ)を見る機会がありました。森ビルは都市・景観を俯瞰的にかつ客観的に捉えるためのツールとして独自に都市模型やCGを制作して、実際の都市づくり、景観づくりに活用させているそうです。六本木の森ビルの30階の巨大な空間に縮尺1/1000、約200㎡の「東京都都心部模型」と、ニューヨーク市、上海の模型がデ~~ンと置いてありました。
この模型の最大の特徴は、私達を鳥の気持ちにさせてくれて、楽しむ事ができる事です。
森ビルではこの模型を使ってクライアントやパートナー企業などとコミュニケーションやディスカッションを効果的に行っているそうです。つまり単なる展示物ではなく、これを使ってビジネスに役立たせているのです。この都市模型の制作手順は、全く組み立て細工と同じで、一つひとつ手作りなので気の遠くなるような作業です。どんなプロセスで造られるかというと、製作準備(航空写真や現地写真など)→テクスチャー作成(テクスチャーデータとして編集)→建物・地盤作成(ビル・家屋を一個一個手作り、地面の高低)→仕上げ(地盤に建物、器具を置く)の過程を経て完成。そしてこの製作の過程で培ったデータなどを活用して、これにVR(バーチャル・リアリティー)テクノロジーと絡めて、シュミレーションなどをするのに役立たせているそうです。最近では外国の国々から都市開発を始めるに際して、模型を作って欲しいと注文が入っているそうです。

この内容なら、何もブログで皆さんに紹介することも無いのでしょうが、実はこの巨大ジオラマの中に我家を見つけてしまったのです。驚きです! 嬉しいです!感激です!

ここ、我家が有ったのだ!
Googleの「地図」から入って住所で家の写真が確認できましたが、その感激とは全く違うのですね。そして巨大な東京都ですから もし模型の真ん中辺に我家が位置していたら確認など出来ません。模型の外枠に近いところに我家が位置していたので、そばに近づいて上からマジマジと見下ろす事が出来たという、なんと幸運なことでしょう。



2013年3月31日日曜日

江戸連・弥生講【旧中仙道・板橋宿から巣鴨村まで】

 
絵馬に引き付けられている皆さん

3月30日(土)なにか冬に舞い戻ったような冷たい北風が吹く寒い日、NPO法人「江戸連」の弥生講【旧中山道散歩】が開催されました。集合場所は三田線の「板橋本町」駅前で、みなさん寒さに震えながらの待ち合わせでした。それでも40名近い参加で歩行上の安全を考え2班に別けての午後1時スタート。 

最初の立ち寄り地は「縁切榎」。環七通りから旧中山道に入って緩い坂を下ると左に入る露地の角に榎が立っていますがその下に小さな祠が。その脇に「絵馬掛け」が在るのだが、その絵馬に書かれている縁切りに関した文面が生々しいのだ。「悪病との縁切り」、「不倫相手との縁切り」、「会社上司との問題で辞めたい!」そして「妻と別れたい!」などなど、内容に迫力が有るので皆さん覗き込んでニヤニヤしながらジックリと読んでいた。
  
旗持ちの係り
 江戸連の史跡散歩の際は、「旗持ち係」がいるのだが、今回は欠席されたので私が代行した。旗を持っている写真は桜満開の「智清寺」での一コマである。この後石神井川に出て川に沿った桜並木を楽しみながら旧中山道に向かう。
 旧中山道が石神井川を渡るところが「板橋」になる。この板橋は木製で歌川広重の浮世絵や長谷川雪旦の「江戸名所図会」でも緩やかな太鼓橋だったことがわかる。この板橋は江戸・日本橋から二里二十五町三十三間だそうで1里が凡そ4km、1町が凡そ100m、1間が凡そ2mとすれば日本橋から約10kmの距離にある最初の宿場町である。
「板橋宿」は3つの宿場が一緒になっており、日本橋方向からまず「平尾宿」、次が「本陣」「脇本陣」がある最も賑やかな「仲宿」、そして板橋を渡った先に「上宿」が繫がっていて全長1.5kmほどの大きな宿場町であったという。この日の「板橋」の袂は写真のように満開の桜木に覆われ、この週末が桜の今年最後のチャンスらしいので、我々は本当にタイミングが良かったことになる。

満開の板橋

「平尾宿」にある「東光寺」の境内からは、私の出身高校「北園高校」の時計台が見えた時には、昔が懐かしく思い出されて何とも言えない気分になってしまった。 そして北園高校は22万坪もあった広大な加賀藩下屋敷の敷地内の一角に建っている事を知った。

遠くに北園高校の時計台
 JR赤羽線の「板橋駅」の踏切を突っ切り「平尾一里塚」を通過し、次は「新撰組隊士供養塔」に到着。明治元年4月4日、近藤勇が流山で捕らえられ、4月25日この地で処刑されたが、明治8年になって新撰組隊士だった「米倉新八」が新政府の許可を得て建立したと言う。今でも新撰組ファンが引っ切り無しに訪ねて来るらしく、何か異様な“気”が感じられた。
ここから巣鴨「とげぬき地蔵」までのおよそ6kmは、江戸時代には「種屋街道」といわれ、タネ問屋が9戸、小売店が20戸も立ち並んでいたそうだ。その街道で現在も製造を続けている「亀の子タワシ(束子)」で有名な「元祖 西尾商店」の前を通過。同社は明治40年の発明から今年で創業105年を迎えるそうだ。今でも年間400万個を製造し、20カ国に輸出しているという。なんとも嬉しくなる話しではないか。
巣鴨庚申塚の都電の踏切を跨ぎ、「とげぬき地蔵」に到着した頃には周りは暗くなり始めていた。今日は何とも歩くには寒い一日だったが、満開の桜を満喫し、そして多くを学ぶ事が出来た有意義な一日だった。
新撰組隊士供養塔

亀の子束子「西尾商店」


2013年3月16日土曜日

“うだつ”と車窓民俗学

2年前に神保町の古本屋にて170円で購入した加藤秀俊著【車窓から見た日本】(発行:昭和46年)をもう一度とり出して読み始めた。その切っ掛けは「うだつ」という言葉だった。ある日の新聞記事に「うだつは防火壁。これを造るのには大変に費用が掛ったので、これを持った家屋は裕福の象徴であった」と言った内容が書かれていた。この「うだつ」で前述の本にも確か「うだつ」が出ていた事を思い出して再読しているのだ。この本は著者が文明の力「電車」に乗って、その車窓からぼんやりと外を見ていると、その景色から日本人の生活とその智慧が発見され、その発見をエッセイに纏めた本である。私も「電車」では無く自分の「足」で歩くのが好きで「塩の道」や「鯖街道」などを一人行脚してエッセイを書いているので、この著者とは共通項があるので私の好きな本の一つになっている。

特に印象に残っているのは、「谷間の人生」というエッセイの中の次の文章である。
『谷に入ったら、人はとにかく歩かねばならぬ。谷というのは、人家のある盆地と盆地をつなぐ一種の空白地帯みたいなものだ。谷あいの道はただ歩く為にある。途中で腰を落ち着けてしまうことは出来ない。それは人間世界を離れた純粋な「道」である。そこを歩くのは純粋な「旅」である。そこでは、人は他人に甘えることは出来ない。他人を頼ることが出来ない。なぜなら、谷は人間世界と切れたプロセスだからだ。それは歩く為にある。』
私も一人行脚をしていて、何度と無くそんな体験を重ねてきた事だろう。山と山の間の谷は確かに人間界から離れた霊験あらたかな世界だ。そして頼るものが無いだけに、気を許せない危険な道程とも言えよう。

このエッセイ「谷間の人生」は名古屋から富山に向かう「高山本線」に沿っての車窓からの人間生活を観察しているのだが、下麻生付近を通過中に車窓から「うだつ」のあがった古い商家を見つけた。彼が言うには、昔の上方商家では、借家でない自分の所有する一人前の店を構えたとき、隣家と接する屋根の隅にカワラぶきの塀のごときものをつけたそうだ。それが「うだつ」と言うもので「宇立」とも書くという。なるほど、「うだつ」とは人間の欲望を果たした姿だったのだ。今となっては団地住いやらなにやらで、うだつの上がらない人ばかりということになるのだが。(尚上の「うだつ」の写真はWeb上の写真を使わせて頂きました。深謝)

2013年2月10日日曜日

朝寝、朝酒、朝湯が大好きでね!

毎年2月に「ここや会」という名のグループが湯河原で金曜1泊の「新年会」を催す。この仲間は総勢男7人で関東組が5人、関西組が2人の構成である。それぞれ各自がこの日それぞれの地から参集するのである。今年は関東/関西の各組1人の欠席者があり5名が湯河原の割烹温泉宿【うおき】に集まった。今年でもう7回目となる。毎回、夜の宴会は新鮮な海の幸を使った料理の数々で満喫、何と言っても毎回興奮して頂くのが「あわびのステーキ」。まずはビールで乾杯、その後はレッドワイン、そして冷酒、最後は芋焼酎のお湯割りと一通りのリカーを楽しむ。そして酔った勢いで「カラオケ」で声を張り上げる。これが男の最高のストレスの解消法か、健康には一番と言われているが、ワイフにはこの醍醐味は説明不可である。

翌朝はまだ外が暗い5時頃、屋上にある「露天風呂」に一人で入る。外気がヒヤットするが真っ暗と静寂はこれがまた最高である。真っ暗な空に一つ、二つ星が輝いている。今日も天気はよさそう。余りの空腹に8時からの朝食が待ち遠しいがウトウトと一眠り。朝食時のビールはこれまた格別である。寝ぼけた脳と胃をその冷たさがピリットさせるのだ。今日は土曜、また皆さん勝手に自分の思い通りにそれぞれ宿を後にするのだが、宿を発つ前に最後の「露天風呂」に全員で入るのが、これがまた楽しい。私は今回風呂に入ったのがこれで合計5回になった。小原の庄助さんではないが、私は年に一度「庄助さん」の真似が出来る幸せ者である。

2013年2月3日日曜日

中国が来年に崩壊する!?

こんなダイナミックな予想本は驚きだ。来年なんと中国が崩壊すると言うのだ。新書『2014年、中国は崩壊する』(扶桑社新書)の著者は現在「国会新聞社」編集次長をされている宇田川敬介氏だ。それなりに情報が行き交う職場におられる方だけに、読者側にも説得性が高く迫力がある。
その内容は、あの尖閣諸島での中国漁船衝突事件で中国が大失敗をしたことが切っ掛けで、メンツで突っ走る中国の「社会主義的市場経済」は遂に行き詰まり、来年には内部崩壊が始まるという筋書きである。

この本を読んで勉強になったのは、つい私も中国の出来事や言い分を資本主義社会における自由民主主義のもとで生活している日本の私達と同じ基準で考えてしまう間違いに気つかせてくれた。中国では共産主義のもと国内私有財産はすべて中国共産党の持ち物である。そして中国は貨幣経済ではあるものの、共産党の所有している資産分を、国内で通貨として流通させている。従って通貨の発行限度に達すると、どこかの資産を奪い取らねば通貨を発行出来ない。新たな鉱脈や水、塩、資源、天然ガスなどを発見すると、その資産と埋蔵量に基づいて通貨を発行出来るのである。こんな形での不自然な「社会主義的市場経済」も自ずと限界があろう。それが来年だと著者・宇田川氏は予見したのだ。

そして興味高いのは、最後の方の【その崩壊後の中国】という項で、第2次世界大戦後のドイツのように「国連の信託統治」下になるか、自治区は独立したり他国による分割統治となったり、あるいは民族単位の国家が誕生する可能性もあると言う。いずれにしても中国は統一した政府ではなく、現在の地方政府が主体となって支配するようになる、と書かれている。

私も2008年8月に書いたエッセイ『ふざける菜漬け』の中の「変り行く世界の勢力図」の項で中国に就いては、「202X年には、連邦制を取り入れた中国に対して日本は、中国連邦の海岸線の州、シャントン(山東)州、チャンスー(江蘇)州、チョーチャン(折江)州、プーチェン(福建)州、そしてコワントン(広東)州などの各州政府とそれぞれ和親条約が取り交わされバランスの取れた交易が行われ始める」と書いている。なるほど宇田川氏の予見と類似しているではありませんか。

もっと恐ろしい話は、初代内閣報道官の宮脇磊介氏がある雑誌に、中国は日本に対して「宣戦布告なき戦争」を開始したと書いている。尖閣諸島への侵略を日に日にエスカレートさせているのは、尖閣諸島の領有権を前提にした上での厳密な軍事戦略に基づく「対日戦争」の一環なのであり、これに対して「友好関係の回復」など期待するのは、無知による幻想に過ぎないと言い切っている。

確かに我々は「平和ボケ」なのか、日本には外交のネゴシエーターが不在なのか、隣国の態度にどこ吹く風のスタイルを貫き通しているが、自国の東日本大震災の問題すら思うように解決できず、原発ゼロ論争を何とか再稼動に持ち込もうと今だ真面目顔して繰り返している日本政府/経済界だから、これもやむを得ないことなのであろうか。
いやいや、考え方を変えれば、つまり来年にでも中国が内部紛争から自爆してくれれば、その後はその混乱による特需が生まれ日本経済も立ち直って行くと考えれば、日本の「知らん振り」も神様が恵んでくれた賢明な策なのかも知れない。

2013年1月16日水曜日

これからは【人本主義】だ!

「人本主義」をご存知であろうか?
なぜ私がこんな事を考えたのか、その原因は雑誌「日経ビジネス 2013・1・7号」を読んだことにある。この号では「動き出す未来 シリーズ①」として【幸せな資本主義】と題し特集を組んでいた。その中に、これから世の中は、「株主主義」から「人本主義」に変って行くと書かれていて、岩井克人氏(国際基督教大学客員教授)が「株主主権の一人勝ちは終った」と述べていた。
しかし私はこの『人本主義の到来』を「会社の概念が変る」と言った狭義に捉えるのでは無く、「人間性を重んずる社会がまた到来する」と言った広義に捉えたい。

「人本主義」を国語辞書(新小辞林)で調べてみると、『すべての心理・知識は人間の要求・選択によって、生まれ制約されているという思想』でつまり「人文主義」とも言うとある。それでは「人文主義」とは何かを同じ国語辞書で調べると、『ルネッサンス期のイタリアに起こった思想で、ギリシャ、ローマを範とする人間性の発揚を強調する運動』でヒューマニズムと同義とある。

私はエッセイ【日本復活私論】の中で次のように説明している。
『欧米型人間中心主義(資本主義)は終焉を迎えつつあり、世の万物が持つサイクル〔誕生→成長→成熟→衰退→終焉〕から考えればこれまでの近代文明は行き詰まって、これからはD種族で且【森の民】である日本人が地球自然と共生する社会を返り咲かせる』
と私見を述べている。その地球自然との共生社会の概念が私の言う【人本主義】である。つまり簡単に言えば「資本主義」の「資」である「カネ」を最優先にしていた世界から、文字を「人」に置き換えただけだが、「人」を最優先にするのが【人本主義】である。

今日もこれから東銀座の「築地社会教育会館」において、私は『日本は復活する・・・その為のビジネスモデルは』というテーマでスピーチするのだが、この「人本主義」に関しても話題にしてみたい。

2013年1月2日水曜日

2013:謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。
年は「巳年」です。「巳」の字は蛇が冬眠から覚めて地上に這い出す姿を表していると言われ、「起こる、始まる、定まる」といった意味があるそうです。また蛇は脱皮を繰り返すので「復活と再生」を連想させ、餌を食べずに長生きすることより「神の使い」と崇められ、蛇神を祀っている神社が数多くあります。なるほど、だから「祀る」という字には「巳」という字が「示すへん」の隣に入っているのですね。それなら今年こそ『巳に因んで定まった年』と言うのですから、日本経済も安定した一年になりますように!

皆さんにとっても良い一年でありますように!